BOOK ROOM  本の部屋
(98.11月〜99.3月)


 98年11月から99年3月にかけて読んだ本の感想、過去ログです。

*目次
・上遠野浩平「ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーター(Part1・Part2)」 
・平石貴樹「だれもがポオを愛していた」
・上遠野浩平「ブギーポップは笑わない」
・山田正紀「人喰いの時代」
・麻耶雄嵩「鴉」
・都筑道夫「髑髏島殺人事件」
・泡坂妻夫「乱れからくり」
・カーター・ディクスン「一角獣殺人事件」 
・西澤保彦「ナイフが町に降ってくる」
・仁木悦子「暗い日曜日」 
・レジナルド・ヒル「殺人のすすめ」 
・エドマンド・クリスピン「消えた玩具屋」 
・加納朋子「ガラスの麒麟」

・法月綸太郎「密閉教室」 
・エドマンド・クリスピン「愛は血を流して横たわる」
・折原一「失踪者」 
・夢枕獏「呪禁道士」
・柳美里「タイル」 
・安井健太郎「ラグナロク」 
・栗本薫「ホータン最後の戦い」
          
その他の過去ログ: 
98年7月に読んだ本
98年8月〜10月に読んだ本
99年4月〜99年10月に読んだ本
99年11月〜00年3月に読んだ本
2000年4月〜2000年10月に読んだ本
2000年11月〜2001年10月に読んだ本

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平石貴樹「だれもがポオを愛していた」
 エドガー・アラン・ポーゆかりの土地である、アメリカ・ボルティモア。「諸君はアッシャー家の崩壊を見いだすであろう」という予告電話通り、日系の大富豪アシヤ家の大邸宅が崩壊する。そして続けて起こる、ポオの作品に見立てた奇怪な殺人事件。「ベレニス」「黒猫」、それぞれの作品そっくりの状況で見つかる死体。デュパンその人でなければ解けぬかと思われぬほどの難事件に、卓抜した推理力をもつ日本人女性・ニッキ・サラシーナが挑む。
 とにかく、これを書いた人はポオが好きだったんだろうなあ、と思える。タイトルから想像できるとおり作者のポオへの愛情があふれる名作。しかもそれが、緻密に組み上げられた本格推理となっているのだから、文句のつけようがない――そう、「本格推理」としては。ただ、物語展開的には奇怪な殺人事件が起こる部分以外どうも地味で大人しかったので、個人的には少し苦手なったかも(^^;)ニッキ・サラシーナの頭脳の明晰さについても、最後の謎ときの部分以外、作中でことさら騒ぎ立てるほどには感じなかったし。生き生きしてかわいらしい女性だとは思えたけれど。方法ってあと、これは読んだ人だけに通じる話だが、見立て殺人の理由って結局コレしか意外性を出すないんでしょうか・・・(^^;)これはこの作品だけの話ではなく、「見立て殺人」を扱ったミステリ全般にいえることなんですが。もっともっと、意外で迫力ある見立ての真相を、誰か開発してくれないかしらん、と思ってしまう今日この頃です。だから、というわけではないですが、自分はこの作品のエピローグについていた「アッシャー家の崩壊の 意外な真相」の方が、作品そのものより価値を感じてしまったです。この部分は、本当にメタミステリとしてかなり面白い。本編に匹敵する内容の濃さだと思います。そう考えれば、一冊で2度おいしい本ではありました。
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上遠野浩平「ブギーポップリターンズVSイマジネーター(Part1.Part2)」
 人の心に欠けたもの、様々な感情を植え付け、操る謎の存在――イマジネーター。黒帽子の死神・ブギーポップは、彼(彼女)を倒すため、再び出現する。彼らに、前作の「マンティコア」「エコーズ」を創造したとも思われる謎の機関「統和機構」の使者、スプーキーEが絡む。3つどもえの戦いの行方は?
 ブギーポップシリーズの2作目、いきなり2冊組の大長編である。ブギーポップシリーズの魅力は、キャラや世界観全体のなんともいえない不安定感にあると勝手に思っているのだが、今回もそれは共通。主人公でありヒーローであるブギーポップも相変わらずよくわからない存在として設定されているが、その宿敵イマジネーターも、謎の組織「統和機構」も、どこか目的や実態がはっきりしないまま、幽霊のようにゆらゆらと現実世界に干渉してくる感じがする。人間は理解し難いもの、己にとって未知のものに対して恐怖や関心を憶え、吸引力を感じる。世界観をがっちりと組んで説得力のあるフィクションは、それはそれで魅力だが、逆にそういうものを意図的にぼかすことによって読者を惹きつける、ということも出来るのだなあ、としみじみ感じた。そして、自分はそういう謎の流れる海の中を漂っているような感じで、ふっと気がつくとラストまで辿りついていた。なんだか抽象的な感想になってしまったが、結論をひとことで言えば、私はこの物語に「幻惑」されていた、ということでしょうか。無論良い意味で、ですが。次回作も読みますー。

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上遠野浩平「ブギーポップは笑わない」
 とある高校の女子生徒の間で流れる他愛ない噂――人を最も美しい瞬間に殺す死神、「ブギーポップ」。彼(?)をはじめとする、謎の存在たち、「炎の魔女」「マンティコア」「エコーズ」・・・それらをキーワードに展開する、一つの奇怪な事件と五つの奇妙な物語。第4回電撃ゲーム小説大賞受賞作。
 白状するが、最近のいわゆるヤングアダルト向け?の小説を、自分は見くびっているところがあった。実際読んでみると、本当に面白い作品も少なくはないのだが、いくらか年老いて(笑)気難しくなってしまった自分にはどうもついていけなかったり、筋やアイデアは面白いけど小説としてはイマイチのれない(だからといって、その作品が良くないと言っているわけではない。たまたま自分のペースに合わない、というだけの話である・・・念のため)。というわけで、電撃文庫からこの作品が出たときも、そういった作品群のひとつ、としか見ていなかった。が。度々文庫売り上げのこの「ブギーポップ」のシリーズがトップ10に名を連ねているのを見て、何か今までと違う予感がしたので、手に取ってみたのだった。そして、読んでみて、この「ブギーポップ」なる謎に包まれた黒衣の正義の味方?に、すっかりほれ込んでしまったのだった。透明感のある文章、謎と不思議に包まれた、ブギーポップと「炎の魔女」、マンティコアたちの戦い。登場する少年少女達も、ちょっと変わり者、とても変わり者、かなりサイコなの、真面目なのといろいろいるが、サイコっぽいヤツでさえ、不思議に共感 できてしまう存在感がある。「ああ、高校生のときって、こういうのって、あるよな」と。本の構成は5つの連作短編の形式をとっているが、それぞれのエピソードが複雑に絡み合い、ラストで一気に収束する様にも、デビュー作とは思えない業の切れを感じる。また、緒方剛志氏のイラストもかなり良い。作品のイメージにぴったりである。
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山田正紀「人喰いの時代」
 昭和初期の北海道O市(小樽?)を舞台に、高等遊民のような生活を送る二人の若者、呪師霊太郎と椹秀助が遭遇する、6つの怪事件。タイトルにはどれも「人喰い」と冠されているだけあって、なかなかに妖しい雰囲気の、不可能趣味のつまった佳作である。新本格前夜の「埋もれた傑作」として、あちこちで度々紹介されることはあっても、なかなかに入手の難しかったこの作品を、角川春樹事務所が文庫化。いや、山田風太郎もいろいろ出るし、最近いい仕事してますよねえ>ハルキ文庫。で、書店で新刊に並んでいるのを見た瞬間、持ってレジにダッシュしました。なんといっても山田正紀。今でこそSFと同じく本格ミステリ作家としても確固たる地位を手に入れた彼の、過去の名作。読まいでか。6編の短編、と言うが、本の半分近くが、最後の一編「人喰い博覧会」に占められている。最初の5編は、トリックとしては小粒のような気もするが、女の情念や暗欝な時代の雰囲気で読ませ、またトリックも動機や時代背景と絡んでいるため、なかなかに読みごたえがある。が、それらをひっくり返すような形で展開する「人喰い博覧会」で物語は変容し、余韻を遺す切ないラストになだれ込む。戦 争に向かって突き進む、個人の尊厳が失われてゆく暗い時代。それが「人喰いの時代」。ちなみに粋龍堂で紹介してもよさそうな話があったのも、しっかりチェックしてしまった(笑)まさに、「名作」の名に相応しい連作短編集です。ちなみに来月はもうひとつの山田氏の「埋もれた逸品」である「ブラックスワン」も発売の模様。絶対買うぜ。
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麻耶雄嵩「鴉」
 弟・襾鈴(あべる)の死の謎を探るため、彼が死ぬ以前に滞在した地図にない村探す、兄・珂允(かいん)。彼は山中で鴉の大群に襲われたところを、千本家という家の人々に助けられるが、彼らが住むその村こそ、まさしく襾鈴がかつて迷い込んだ場所に他ならなかった。そしてそこは、「大鏡」と呼ばれる絶対的な権力を持つ現人神を頂点とした、外界とは全く異なる思想に統べられていた・・・
 初めて麻耶作品に出会ったのは、彼のデビュー作「翼ある闇」。そのあまりに大胆不敵なトリック故に、開いた口が塞がらなかったのを覚えている(^^;)。しかしながら、そのあまりのぶっとびぶり、小説としての部分にどうも共感できなかった私は、その後「痾(あ)」という作品を読んだが、そこで「自分の読みたいものとは傾向が違う」と見切りをつけて、しばらく手を触れなかった。しかしながら、98年の「このミス」で好成績をあげていたことや、麻耶作品を読んでいるある人が「この作品はまた、今までと違う作品に仕上がっているようですよ」と勧めてくれたこともあって、勇気を出して読んでみた。結果は・・・脱帽。地図にない村の奇怪な宗教、風俗、それらがすべてラストのカタストロフィを支えるトリックの伏線になっており、そのトリックを支える小説部分も、霧に包まれているかのような不思議な感覚に捕らわれる妖しい絶品。いや、読んでみてよかったです。麻耶作品の呼び物(笑)「銘探偵」メルカトル鮎も、なかなかにカリスマ的なオーラを放っているし。「翼ある闇」のときは、独自の世界観・スケールの大きなトリッ クという魅力を感じつつも、それに説得力を感じられなかった自分。実は、自分の周辺にも、そういう声が多かった。しかし、この作品なら、今まで麻耶作品を敬遠していた人たちも、彼の技巧が本物であることを認めざるをえないであろう・・・・そんな大仰な賛辞がついつい出てくるほど、この作品はスゴイ。ただ、それでもそれでもただ一つ、ないものねだり?の我が儘を言わせて貰うなら、最後の最後の最後のアレはない方がよかったのではないかと・・・・(^^;)アレなしでも、立派に完結してたと思うし。そっちの方が個人的には好みなので・・・まあ、それでも、「カタストロフィ」を演出する部分としては、やはし大切だったのかもしれないですが。・・・でもやっぱり、アレはあんまりかわいそすぎ(/_;)
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都筑道夫「髑髏島殺人事件」
 メゾン多摩由良の警備主任・滝沢の娘、紅子。彼女は「今谷少年探偵団(別名青年探偵団)」と称する仲間と共に、さまざまな難事件を解決している。その彼女の自宅で、見たこともない男が死んでいるのが見つかった。なぜか、部屋からは紅子が浜荻先生から借りた推理小説、「髑髏島殺人事件」がなくなっていた・・・怪事件の捜査に乗り出す紅子たち。やがて、第二の殺人が起こって・・・・
 実は、あまり都筑道夫の作品を読んだことがなかった私です(^^;)長編を読むのはひょっとして初めてか?とりあえずとてもいい感触でした。軽妙な紅子とその仲間達のやりとり。大がかりではないがビリリとスパイスの効いた解決。ダイイングメッセージの意味も、都筑氏の博覧強記ぶりがうかがえて、とてもいいです。ただ、ひっかかる点があるとすれば、ずいぶんと紅子ちゃんたちのキャラクターが古めかしく感じることでしょうか。ちなみにこの作品が出版されたのは昭和62年。約10年前ですが、それにしたって、どうも古風な感じがします。都筑さんの年齢を考えると、まあ、しかたないのかも知れないです(^^;)それは別に作品の価値をおとすようなものではないですし、女性男性を問わずものの言い方、考え方などはどんどん時代に応じて変わっていくものなので、欠点ではないと思います。やはり、都筑氏の作品もちゃんと読んでみないといけませんね・・・φ(._.) メモメモ 勉強勉強(笑) 
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泡坂妻夫「乱れからくり」
 元婦人警官で男勝りの女探偵・宇内舞子と新米の助手・勝敏夫は、馬割一族が経営する玩具会社「ひまわり工芸」の製作部長・馬割朋浩の依頼で、彼の妻・真棹の尾行を依頼される。その彼らの目の前で、朋浩と真棹の乗った車の上に謎の物体が落下。車は炎上し、朋浩は死亡する。それをきっかけに、馬割家の人間が次々と不可解な死を遂げてゆく。馬割家の「ねじ屋敷」と、その庭に作られた迷路に秘められた謎と、連続殺人の関係は・・・?
 泡坂氏の長編を読むのは久しぶり。名作と言われているだけに、どうも読むのがもったいなくて(笑)今まで本棚に寝かしていたのがこの作品だったのですが・・・まさに、傑作の名に恥じぬ読みごたえでした。全編にちりばめられた、からくり細工や玩具に関する膨大な知識。それらと、馬割一族という謎に包まれた一党の設定がもたらす、妖しい雰囲気。その中で起こる連続殺人。迷路。どれをとっても、「美味しい」としか言いようがありません。探偵役の宇内舞子もかなり個性豊かで、男勝りの有無を言わせぬペースで、読者までも引っ張っていってくれそうだし(笑)、ワトソン役の勝くんも、ただおろおろしているだけではなく、自ら恋した女を守ろうと奔走する、熱血(?)青年です。彼と、悲劇のヒロイン・真棹のドラマも、なかなかに切なくて読ませてくれます。物語性・トリックの独創性。論理性、これだけ過不足なくきっちり揃った作品というのも、かなり珍しいのでは。トリックはからくりがからんでいることもあって、かなり大がかりで、一つ間違えば全然現実性がないものになってしまいかねないのに、しっかりとリアリティを持って迫ってくるし。うーん。絶賛しっぱなし(^^;)素 人の手慰みとはいえミステリを書いてる自分としては、「こんなミステリが書きたい!」と言わずにいられない作品に出会った感じです。素晴らしい! 
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カーター・ディクスン「一角獣殺人事件」
「ライオンと一角獣が王位を狙って戦った」この奇妙な一言から、休暇中だったケン・ブレイクは奇妙な殺人事件にまきこまれる。彼と、奇遇にもパリでばったり顔を合わせたイヴリン、そして名探偵ヘンリー・メリヴェールらは、嵐の中とある古城にたどりつく。そこに集まった数人の客の中には、どうやら稀代の怪盗フラマンドと、正体を隠して彼を追う覆面探偵ガスケが隠れているようなのだが・・・やがて起こる、まるで一角獣の角で突き刺されたかのような状況の殺人事件。虚々実々の知恵比べの末に、H・Mが明かす真相とは・・・
 ひさびさにカーを手にとってみました。ちなみに、カーの創造した探偵の中では圧倒的にH・Mびいきの私は、かなり期待して手に取ったのですが・・・ストーリーのおもしろさ云々を別の話にすれば、ちょっと期待外れだったかな、という感じです。無論面白くなかったわけではないのですが、「一角獣殺人事件」というタイトルから、自分はおどろおどろしい状況下で起こる怪奇ムードの濃い本格推理を期待したのですが、物語の主眼は全く違っており、むしろ海千山千といった感じの登場人物の中の、「誰がガスケか?誰がフラマンドか?」という、マスカレードめいた趣向の中での騙し合いこそが最大の売りのようで、怪奇ムード云々という期待はこっちが勝手にしたことなので(^^;)文句を言う筋合いはありません。で、さっき言ったような部分(騙し合い云々)では、かなり楽しめた作品でした。ただ、「一角獣の角」についての謎ときがあんなにあっさり済まされてしまったのは、ちょっとさみしかったかも。
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西澤保彦「ナイフが町に降ってくる」
 女子高生真奈の目の前で、突然時が停止する。すべての動きが凍りついた世界の中で動いているのは、彼女と、謎の青年・末統一郎。どうやら青年は、不可解な謎にぶち当たると、それが解かれるまで時間を停止させてしまうという、奇癖の持ち主であるらしい。彼らの目の前にある謎は、町のあちこちにいる、同時にナイフを突き刺されたまま凍っている人々。まるで、ナイフの雨が町に降り注いだかのように。二人は時間の牢獄から抜け出せるのか?
 毎度奇抜な設定で緻密なロジックを展開してくる、西澤保彦。今回もまた、「七回死んだ男」と同じく時間の罠に陥った人物の話。似たシチュエイションだからか、末のキャラクターが「七回〜」の主人公とよく似ている気がするのは自分だけだろうか。それはさておき、登場人物が実質二人で、ストーリーの大きな流れとしてはナイフの謎についてのさまざまな推理で成り立っているのに、全く退屈させずに最後まで読み切らせる筆力はさすが。末統一郎と真奈のキャラクターもかなり魅力的だし、このままシリーズ化が出来そうなほどだ。ただ、これだけの大風呂敷的謎に対して、解決はどうもいまいち、という声もあるようではあるが、自分としては、ちゃんと収まるところに収めるだけでもすごい才能だと思うので、満足なのでありました。西澤氏の作品の売りとして、その発想の奇抜さがあるのは確かだけれど、そRだけでは無論小説として魅力的になるとは限らないわけで、この人のキャラクター造形の技こそ、最大の武器なのではないかと思う、今日この頃なのでした。
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仁木悦子「暗い日曜日」
 雨降りで憂鬱な日曜日、仁木悦子は神社の境内で顔見知りの老文学博士の死体を発見する。死因は酒の飲み過ぎによる事故と判定されるが、日ごろの博士の生活を知っている悦子には納得がいかない。博士の手帳に書き遺されていた「紫式部」という言葉は、何を意味するのか・・・・(「暗い日曜日」)表題作以下、5編が収録された短編集。以前読んだ「銅の魚」のときにも感じたが、伏線の見事さは相変わらず素晴らしい。結末を見て、「ああ、あれが手がかりだったのか!」と手を叩かずにいられない。しかし、「銅の魚」がどちらかというと物理的な手がかりから導き出される、ある意味エラリイ・クイーン的な謎ときが多かったのに対して、今回は、死者が残した伝言やメモから、犯人や被害者の人間性に切り込んでいく短編が多いように思われた。ちなみに、この短編集中一番気に入ったのはやはり「暗い日曜日」。自分の直観を信じてけなげに事件を追う悦子と、澄んだ目で真相をピタリと見抜く彼女の兄・雄太郎の名推理が心地よい。悪人は出てきても、なぜかさわやかな読後感の作品でした。
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レジナルド・ヒル「殺人のすすめ」
 ダルジール警視とパスコー部長刑事のコンビが活躍する、おなじみのシリーズの一作。ホーム・コールトラム学芸大学では、前学長ガーリングを讃えるブロンズの裸身像を解体することになるが、クレーンで台座を引き上げたとき、見守る学生や教授たちの足元に転がり出たのは、5年前にオースリリアで事故死したはずの前学長の頭蓋骨だった! 
 ショッキングかつ魅力的な謎から幕を開けるこの作品。海千山千の教授や学生連中の入り組んだ人間関係や、ダルジール警視の屈折してはいてもどこか憎めない名探偵ぶり、そして彼に嫌悪と尊敬の入り交じった感情を抱きつつ、事件解決のために奔走するパスコーらの、魅力的な人物造形とテンポのよいストーリー展開で、一気に読ませる。どうやらこの作品は日本で最初に訳されたダルジール警視ものだったようだが(実際の初登場作品は別。こちらも訳されたが、この作品の後らしい)、新しい名探偵の登場を紹介するには十分、人物の特徴が書き込まれている。ちなみに私には、「名探偵は正確が悪くないと勤まらない(笑)」という持論があるので、彼の設定にはとても魅力を感じます。ちなみにこのシリーズはあと数冊古本屋で入手したので、じっくり読んでみようと思います。いい買い物しました(笑)
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エドマンド・クリスピン「消えた玩具屋」
 詩人キャドガンは、深夜オックスフォードの町を歩くうち、ふと小さな玩具屋の前に立ち止まった。その店に漂う奇妙な雰囲気に誘われるように扉を押すと、鍵がかかっていない。おそるおそる足を踏み入れた彼は、一人の女性の死体を目撃し、その直後、何者かに頭を殴られて気絶する。翌日、その場所に彼が行くと、その玩具屋があったはずの場所にはまるで別の食料品店が建っていた。玩具屋は、一夜にして煙のように姿を消してしまったのだ!彼は友人の文学教授にして名探偵、ジャーヴァス・フェンに協力を請い、真相究明に乗り出す。
 先日一目ぼれ(笑)したクリスピン、書店で見つけた瞬間に手に取ったが、流石はポケミス初期の作品の復刊だけあって、訳が古く、読みづらい(T▽T)(いや、文章そのものはそんなに読みづらくないけど、仮名遣いが・・・・「言つていた」「知つていた」とか(^^;))。それでも粘り強く読ませてしまうのは、フェン探偵とキャドガンの絶妙な掛け合いと、楽しいドタバタ喜劇、そして玩具屋がまるまる消える、という魅力的な不可能趣味の謎のせい。忍耐は要ったけど、それに見合う楽しみを与えていただきましたわ。ただ、まあ、玩具屋消失の真相はどうも、説得力にも欠けるし少しあっけなく解かれてしまうきらいはあるのだけれど、作品全体の雰囲気が軽妙でスマートなので、そんなに気にはなりません。この不可能趣味やドタバタ追跡劇などは、やはりカーの影響を感じます。あと、すっかり気に入ったのは、フェン探偵がたびたび、「作者クリスピン」のことを口にする下り。作品中に作者が度々顔を出したりするのは、一つ間違えば楽屋落ちの枚数稼ぎと読者に取られてしまいかねないが、タイミングと使い方さえ間違えなければ、立派に笑いを取れることがよくわかります(笑)。(特に 、意味不明の言葉を羅列するフェンが「作者のために見出しを考えてるんだ」というところなぞは、思わず吹き出しました)
 現在でも入手可能なクリスピン作品は、彼とフェン探偵のデビュー作「金蝿」がありますが、これもきっと面白いに違いないですね。読みづらいのだろうけど。誰か改訳してくれないかしら。 
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加納朋子「ガラスの麒麟」
 通り魔に殺された一人の少女。その事件のニュースを見て、イラストレーターである「私」の娘・直子は、「殺されたのは自分だ」「自分は昨日死んだのだ」と、死んだ少女に取りつかれたのような言動を始める・・・(「ガラスの麒麟」)
 殺された少女・麻衣子と、彼女の学校の養護教諭であった神野を巡って起こる、数かすの事件を描いた、連作短編集。それぞれの事件の解決を用意するのは、基本的に神野で、彼女は主に保健室で生徒達から聞いた話をもとに推理しているので、ひょっとしてこれは安楽椅子探偵ものといえるか?(^^;)などと思ったが、ストーリーそのものは別な主役達の動きによってもたらされているので、ちょっと違うみたいですね(^^;)いやあ・・・・暖かい人物造形。斬った張ったではないがインパクトのある、日常どこにでもありそうな奇妙な事件。巧みな伏線による見事な解決。全ての短編が最後に一本につながる見事な構成。これだけでも申し分ないのに、この短編集は・・・読んでいて泣ける。ガラスの麒麟、とは、麻衣子が書いた童話のタイトルだが、この短編集に出てくる高校生達は、女性は、みんなガラスのようにはかない。いや、犯人も、男性たちも、出てくる人物全員が、みんな弱くて、はかない。人間というのはきっと、本当はこんな風にみんな弱くてはかないんだろうなあ、と思ってしまう。だからこそ、時折道を踏み外して、 何かを憎んで自分を正当化しないとやっていけなくなるんだろうなあ。ミステリを読んでいて泣いたのって、久しぶりだ。年末の最後に来て、なんだか暖かい気持ちになれた一冊でした。
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法月綸太郎「密閉教室」
 新本格ミステリー界の悩める(笑)天才、法月綸太郎のデビュー作。ちなみに、彼の作品の看板探偵である「推理作家法月綸太郎」はこの作品ではまだ登場せず。湖山北高校の7R教室で、生徒の中町圭介がカッターで喉を切り裂いて(切り裂かれて?)死んでいた。死体の傍らには何故かコピーされた遺書が遺り、窓もドアも閉ざされていた。そして奇妙なことには、48組あった机と椅子が、全て教室から消えうせていたのである。ミステリー好きの級友・工藤順也は、親友の降旗や森警部とともに、事件の真相に挑む。
 実をいうとあまり法月作品が好きではない(というか、食指があまり動かない)ので、あまり期待せずに読んだが、予想に反してかなり楽しめた。妙に小刻みなパラグラフ構成や少なくともσ(^-^;)のペースとは少し合わない文章、少しわざとらしく感じる登場人物の感情の動きなど、なんかこう、もうちょっとなあ、と思わないでもなかったが、先に言ったやたら多いパラグラフは良く言えば新聞小説的に短い区間でしっかり盛り上げて関心を次につなげる役割を果たしているし、机椅子消失の謎の解決もかなり納得がいくものだ。トリックやロジックという点からいえば、デビューさくとは思えないような完成度を誇っているし、一部の登場人物はそれなりに魅力的だ。
 ただ、小説として読むと、やっぱりどうかなあ、という不満は依然としてある(^^;)
 登場人物の動きが妙にわざとらしく、大仰で、どうしてもよくできた推理劇のようにしか見えないのである。もしくは、フジテレビの連続ドラマか(笑)ちなみにこれは、「法月綸太郎」が登場する某短編を読んだときにも感じたことである。尤も、自分が読んだ講談社文庫版の解説を書いている新保博久氏は、この作品を「高校生群像はかなり的確に描き分けられている」と評しているので、単純に自分が法月氏と相性が悪いだけなのかも知れない。だが、この作品を読んで、今までの食わず嫌いをよして他の作品も読んでみよう、という気になったのは確かである。
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エドマンド・クリスピン「愛は血を流して横たわる」

 最近、あちこちでクリスピンの名前が耳に入ってくる。自分自身、なんとなく黄金期の名作や英国本格ミステリを真面目に読んでみたくなっていたこともあって、なんだか衝動的に読みたくなり、国書刊行会の高いハードカバーを衝動買いしてしまった(泣)。
 カスタヴェンフォード校で立て続けに起こる奇妙な事件。美しい女子生徒の失踪、化学実験室からの薬品の盗難。終業式を前にして次々起こる不祥事に頭を抱えていた校長は、来賓として訪れたオックスフォード大学英文学教授にして、世間に名を馳せる名探偵ジャーヴァス・フェンに協力を依頼する。その直後、今度は教員の二重殺人事件が勃発。さらに翌日、郊外のあばら家で第3の死体が発見され、事態は混迷の度を深めてゆく。
 率直な感想からいくと、「いやあ、イギリスの本格はこうでなくちゃ(*'▽'*)」というところ。クリスピンは初めて読んだのですが、すっかり気にいってしまいましたね。なんか、設定だけ見るとよくありそうだけれど、読んでいると気のおけない友人のような気分にさせられる、気さくな紳士・フェン探偵。嫌味のない程度にペダンティックに、ユーモアを交えた会話。テンポ良い展開。派手ではないがきっちりとして好感の持てるトリックと謎とき。個性的な登場人物達。「超弩級の傑作!」「超大作!」ではなくとも、手に取るとふっとそのまま世界に没入させられてしまう魅力に満ちています。こういうのを読んでいると思います。「ああ、やっぱり自分は本格が好きなのね(T▽T)」と(^^;)。ベタ褒めと言わば言え。好きなものはすくなのである。是非とも、他のクリスピンも読んでみたい。
 ちなみに、この国書刊行会版の本作だが、クリスピンの人となりがよく分かるほか、彼の全長編の解題も収録されていて、なかなかにお得な感じ。いい買い物しました(笑)。
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折原一「失踪者」
 ほぼ一年に一冊ペースで発表される、折原一の「**者」シリーズ(?)の最新作。久喜市で怒った女性連続失踪事件。その15年後、再び連続失踪事件が起こる。二つの事件の共通点は、「ユダ」「ユダの息子」という現場に遺されたメッセージの存在。容疑者として浮かび上がったのは、どちらも、未成年の「少年A」――フリーライターの高嶺は、助手の弓子とともに、事件を追うが・・・
「倒錯の死角」を読んでツボにはまって以来、すっかり折原マジックのとりこになっている私は、前作の「冤罪者」もとても面白く読んだので、期待に胸を踊らせつつ読み進んだ。で、結果は。どうも、食い足りないという印象が強かった。例えば、自分にとって「倒錯の死角」「倒錯のロンド」などの魅力はといえば、二転三転するプロット、息もつかせぬ展開である。そこに更に驚愕の真相が重なって、物語の模様ががらがらと崩壊していくカタルシスにつながるのであるが(「冤罪者」もこのパターンかな)、そもそもこの作品の場合、メインとなる本筋の話がいまいち乗れない。というか、誰が主人公なのか、どこが本筋なのか、よくわからない。イコール、誰の視点にシンクロすることもできないので、物語に没頭できない。イコール、冷めた目で読みすすめてしまうので叙述トリックに騙されない(笑)実際、犯人の見当はなんとなく自分にもついてしまった。それに、その「驚愕の真相」とやらも、どっかで見たようなものだったし。そんなに「恐るべき真相」ではないのである。怖くないもの(笑)。あと、例の神戸の少年Aの事件をモチーフにしているのは一目瞭然だが、どうもその使い方が 露骨過ぎて、現実の方の事件をついつい思い出してしまうのである。思うに、まだこの事件が読者の記憶に新しい間は、使うべきではなかったのではないだろうか。読者はこの事件の恐怖と驚愕を覚えているので、余程の結末を用意しない限り、小説の方が現実に比べて見劣りしてしまう、という事態になるのである。折原氏は新聞記事からネタを仕入れてくるそうなので、あの事件がネタになるのもごく自然な成り行きではあるが、もう少し熟成させた方が良かったのではないだろうか。今回は、折原贔屓のわたしにしてはすげえ点数辛いです。
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・夢枕獏「呪禁道士」
 夢枕獏のライフワークの一つ「サイコダイバーシリーズ」の主人公の一人・超絶美形だが超絶スケベの毒島獣太が活躍する中編集。夢枕獏の口癖「この物語は絶対に面白い」、これが私は大好きであるが(物語を綴る者、自分でそう思えぬものを書いてなんになる!)実際、私は夢枕氏の作品は理屈抜きで面白いと思う。そして、この中編集も理屈抜きで面白かった。なんといっても、やはり超絶美形の癖にドスケベで下品という、毒島獣太のキャラクターが心地よい。変にかっこつけてストイックを気取っているヒーローなんかより、ずっといい。これだけ本性全開で立ち回ってくれると、男はやっぱりこうでなくちゃ、などと思ってしまう(笑)。まあ、話そのものは超絶傑作!というほどのものでもなかったが、その彼のキャラクターに引きずられて、どんどん読み進んだ。素直に面白かった。ただ、一つ不満だったのは。自分はこの作品をノンポシェット(文庫)版で読んだのだが、表紙には「長編伝奇小説」とある。昔これがノン・ノベル版で発売されたときは、たしか短編集か中編集だったのになあ?記憶違いか?などと思いながら読み始めると、やはり中編集。看板に偽り あり。ひょっとしたら、サイコダイバーシリーズ全体を通して「長編」ととらえ、その中の一冊だと位置づけての記載なのかもしれないが、それにしたってまぎらわしい。こんな変な看板をくっつっけるんなら、はじめからないほうが勘違いする可能性がないぶんましである。お願いだから、手に取る人のことを考えてください>出版社様
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柳美里「タイル」
「本のBBS」でこーいちが推薦図書に指定してたので、読んでみました。柳美里の作品は初挑戦、というより、最近の純文学系作品を読むこと自体初めてかも(笑)ストーリーはこーいちのページで説明されてるので今回は省略。タイルに執着する男とそれをとりまく様々な人物が絡み合う、サイコ・サスペンス(らしき)話。
 うん、「サイコスリラーで、しかも純文学」という触れ込みだし、作者もそもそも純文学系の人だけあって、文章はきれいです。その場面場面の描き方もとても丁寧で、イメージが鮮やかに浮かんでくる。人物達の造形も、それなりに個性的ではあります。が、どうもお話がよくわからない。一体、これらの出来事を通して、作者が何を言いたいのか、それが全くわからない。タイルを集める男の狂気が主軸であるかといえば、そうでもないらしい。売れない女性エロ小説家の味わう恐怖と惨劇を描きたいのかといえば、それも違うような。登場人物それぞれに、それなりの病める部分が強調されている割に、どうも物語がふくらんでないような印象を受けるのだ。また、ラストも一体どうなったということなのか、さっぱり分からない。このように、自分にとってこの話はわからない尽くし(笑)であった。他の柳作品を読んだことがないし、普段純文学系小説を全く読まないので、客観的評価というものを自分は降せないが、少なくとも、自分には合わないという感じであった。慣れないことはするもんじゃないってことなのか(笑)それはともかく、個人的には「サイコスリラー」などという売り文句を つけない方が、作品に変な期待をしない分、素直に読めたのかもしれない、とは思う。 
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安井健太郎「ラグナロク」
 第3回スニーカー大賞受賞作。超人的能力を持つ傭兵リロイと、喋る剣ラグナロクの冒険を描く。ぱっと手に取ってみて、それほど斬新なお話とは思えなかったが、読んでみるとそれなりに個性的なお話ではあった。「喋る剣」というどっかで見たような設定も、まあその性格や能力によって差別化が図られているし。「剣」の一人称、というのは、なかなか珍しいと思うし。が、話の中身と世界観。少なくとも自分は、目新しさというものを全く感じられないのだが・・・読みごたえもないし。ただ、ヤングアダルト層に読者をしぼれば、それなりにファンを獲得できそうな感触はある。平易でとっつきやすい設定とストーリーと文体。誰もが好みそうなツボを心得たキャラクター。良くも悪くも、この作品は「ヤングアダルト向け」なのだと思う。この作品がどうこう、というよりは、自分の方が年をとってしまったのだろう。
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栗本薫「ホータン最後の戦い」
 グインサーガ外伝15巻にして、中原を離れたグインがケイロニア皇女シルヴィアを救助すべく旅する「黄昏の国の戦士」シリーズ完結編。いや、本編から姿を消したグインが外伝で活躍するようになってから、早くも6巻目。グイン贔屓の私としては、長い月日であった(笑)。その巻ごとに、「どうもこのテンポは合わない・・・」と唸ったり、逆に本編からは最近消えうせてしまったおどろおどろしい妖しい展開にワクワクしたり。いろいろあったが、そういったシリーズの締めくくりとして、感慨深く読んだし、また最後に相応しい展開であったと思う。そして、更に新たな重要人物も登場して、彼らが本編にどう関わっていくのか、或は外伝の別の話に登場するのか、楽しみなところ。個人的には・・・やはり、ヤン・ゲラールが気に入ったぞ(笑)
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 あんまり、「甘口」になってないかも?(^_^;)

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