BOOK ROOM 本の部屋
ショーシャンクの甘口書評(?)
1998年8月〜10月に読んだ本
*目次
・愛川晶「霊名イザヤ」
・斎藤肇「思い通りにエンドマーク」
・仁木悦子「銅の魚」
・高木彬光「能面殺人事件」
・西澤保彦「実況中死」
・東野圭吾「名探偵の掟」
・貴志祐介「黒い家」
・我孫子武丸「殺戮にいたる病」
・土屋隆夫「影の告発」
・グレッグ・アイルズ「神の狩人(上・下)」
・鮎川哲也「本格ミステリーを楽しむ法」
・・F・W・クロフツ「二つの密室」
・歌野晶午「ブードゥー・チャイルド」
・法月綸太郎・山口雅也他「不条理な殺人」
・桂令夫著「イスラム幻想世界」
その他の過去ログ:
98年7月に読んだ本
98年11月〜99年3月に読んだ本
99年4月〜99年10月に読んだ本
99年11月〜00年3月に読んだ本
2000年4月〜2000年10月に読んだ本
2000年11月〜2001年10月に読んだ本
愛川晶「霊名イザヤ」
新人童話作家で幼稚園長の深沢将人は、開かずの金庫から発見された奇妙な文書に愕然とする。
中世キリスト教の異端・カタリ派の聖典である「イザヤ昇天録」。そしてそこに書き込まれた、亡き母の手による不気味な文章。「イザヤにとって、マナセを殺すことは絶対避けることのできない運命だ――」正体不明の発作と、新任保母小津江真奈世(まなせ)のオカルトめいた言動に悩まされていた将人。彼の洗礼名は、「イザヤ」だった――。次第にエスカレートしていく真奈世の奇行。彼を毎夜さいなむ、数々の悪夢。追いつめられた彼は、母の書き残した言葉の真意を確かめようと苦闘する。
・・・あらすじ紹介だけでずいぶん長くなってしまった(^^;)。中身も、なかなかに読みごたえがある。異端カタリ派、ルイス・キャロルと「不思議の国のアリス」、アーサー王物語にストーン・ヒーリングと、様々なオカルトの知識が小道具として詰め込まれている。そしてそれらが無理なく調和し、謎が謎を呼ぶ展開も手伝って、魅惑的な悪夢のハーモニーを奏でるのだ。・・・・って、なんか大げさだが(^^;)嫌味のないペダンティズムとそこから導かれる息もつかせぬプロットは、絶品である。そしてラストのカタストロフィ。最近、「ホラーとミステリーの融合」という言葉を冠した作品をよく見かけるが、この作品こそはまさにそれ。将人の見る数々の悪夢・幻影にすら、最後には合理的解答が導き出され、それがさらに彼を破滅へと導いていくのだ。
ただ、ホラーとしての側面を強くするためだろうか。最初から最後まで、まるで救いようがない話なので、読後感はよくないかも。
なんか、甘甘な感想になってしまったが。うむ、甘口書評だからこれでいいのか(笑)
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斎藤肇「思い通りにエンドマーク」
吊り橋を渡った断崖に建つ、洞洛館。橋が落ち、密室状況となったこの屋敷で、次々と起こる連続殺人。友人の宇城とともにこの屋敷に来ていた大学生・大垣洋司は、探偵役に乗り出し、苦難の末犯人と真相を突き止めるが、そこには更に意外な罠が。
本格ミステリのお約束、ストーリー上の構造をそのまま逆手にとり、トリックに応用したという、この奇想。それでいて、不可能犯罪や密室トリックも楽しめる。本格ミステリを否定するところから始まりつつ、徹頭徹尾本格ミステリであるという、この構成の妙。流石、としか言いようがない。しかしながら自分として不満な点を述べると、どうも登場人物が生き生きしていないというか、悪い意味で本格パズラー的なキャラクター造形がなされているように感じられたことだろうか。「真の探偵役」陣内は、それなりに面白いキャラクターではあるが。その他のキャラクターにどうにも感情移入できなかったので、怒濤のラストにたどり着くまで、かなり読んでいてつらく感じた。
そういうマイナスを差し引いても、発表当時には一部でかなり評価された作品のようだし、この発想は誰にも真似できないと思うし、もうちょっと有名であってもいい作品だと思うのだけれど。隠れた名作、というところだろうか。
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仁木悦子「銅の魚」
仁木悦子のノンシリーズ短編集。子どもや若い女性を主人公にした話が多い。仁木悦子は初めて手に取ったが、「日本のアガサ・クリスティ」と呼ばれることに納得してしまった。派手なトリックはないけれど、巧みに張り巡らされた伏線から生まれる意外な真相。心地よいテンポのストーリー展開。また、なんとも作品に流れる雰囲気がほんわかしていて、出てくる登場人物もなんだか(犯人を含めて)とても愛らしい。特に子どもが主人公の作品などは、なんだか自分が親か兄弟のような気分になって読むことができる。
アラや欠点を探したりせず、素直に「面白い」と思える短編集でした。
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西澤保彦「実況中死」
夫の不倫に悩まされていた主婦・岡安素子は、落雷の直撃を受けた日から、誰だか分からない他人の見た風景をそのまま「体験」してしまうようになる。そして、その他人が行うストーカー行為や殺人まで、目撃してしまう羽目に。なんとか次の犯罪を防げないかと、マスコミに訴えかけようとする素子。ふとしたことから彼女の相談を受けることになった推理作家・保科匡緒は、神麻嗣子、能解匡緒と共に調査と推理に乗り出す。
結末の意外性は十分、展開もとてもリズムが良くて、読後感壮快!である。この神麻嗣子シリーズでは、この作品の前に出版された「幻惑密室」を読んだが、発想やキャラクターは面白いものの、死人が一人(汗)で最後までひっぱられる長編というのが苦手なもので(苦笑)、あまり素直に面白がれなかったが、今回はイベントが盛ん(笑)なので、退屈することなく一気に読めた。なんだか怪しげな事件関係者たちも、なかなか生き生きと描かれているし、ミステリ部分・ストーリー部分、双方申し分なし・・・なのですが。問題はキャラクター部分。この神麻嗣子シリーズではよく、彼女や能解警部と保科の関係を通して、男女の関係についての様々な可能性(笑)が語られるが、今回は3人の関係の最終的な形が見え始める(勝手に私がそう思ってるだけかもしれないが(笑))。が、その三人の心の動きが・・・どうも自分には「わざとらしい」という感じを受けてしまうのである。いや、三人というより、能解さんの、かもしれないが。このシリーズでは度々、「男にとって都合のいい女性像」の否定を登場人物達に語らせているにも関わらず、能解さんがすっかり「都合のいい女」パターンには
まっているような気がしてしまうのだ。だが、それを差し引いてもこの希有な組み合わせの探偵役トリオの魅力は、依然輝かしい。
次回作も買って読む!(<何を力説してる?(汗)自分)
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高木彬光「能面殺人事件」
千鶴井家の当主・泰次郎が密室で、心臓麻痺による死を遂げた。その屍の傍らに、呪われた伝説を持つ鬼女の能面が残されていた!それを皮切りに、次々と殺されていく千鶴井家の人々。この怪事件に挑むは、化学者の青年柳光一、検事石狩弘之、探偵小説マニアの高木彬光。三人の手記を組み合わせた形で語られるこの殺人劇は、最後の最後に意外な展開へ・・・
高木彬光の長編第2作にして、日本探偵作家クラブ賞受賞作。探偵役が3人も出てくる(そのくせ、神津恭介のような天才探偵は一人もいない)という変わった形式にもちゃんと意味がある。堪能して読むべし。文体や時代背景はたしかに古めかしいが、それだけに戦後の探偵小説復興期のアヤシイ雰囲気(笑)がぶんぶん立ち上ってくる。後の世まで遺していきたい名作である。
密室のトリックそのものは、ちょっと難解で、説得力に欠けるかも。だが、その「説得力に欠ける」という欠点すら、実は物語全体に仕掛けられた大トリックの伏線なのである。
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東野圭吾「名探偵の掟」
とにかく大笑いできる。本格ミステリの「お約束」を破壊的なまでに皮肉り、笑いのめした、この発想。
まさに、ミステリ好きによる、ミステリ好きのための、ミステリへの皮肉(笑)。帯に書かれた北村薫氏の賛辞によると、「ミステリの自虐趣味が『をかし』の領域にまで到達した」とあるが、いやいや、『もののあはれ』までも行き着いていると言っても、過言ではないと思いますぞ。
名探偵・天下一大五郎とが出会う、本格ミステリに則った数々の事件。登場人物達は、あくまで「本格推理の中の登場人物」を、本編の中で演じる役者として動く。時折小説世界から抜け出して、「こんな馬鹿馬鹿しい設定やってられるか」というような、本音をぶちまけるのだ。
事件そのものも、(その話にもよるが)本格を笑いつつもセオリーをふまえた、それなりのトリックが用意されていて、面白い。そうして、最後まで笑いのめして終わってゆくのかと思いきや、あのラスト。途中の笑いも、皮肉も、最終的には「本格推理の可能性」の追及が本編の目的であったことに、気づかされる。
話は変わるが、二階堂黎人氏が「人狼城の恐怖・完結編」の後書きで、「本格推理作家は常に同じ鉱脈を掘り続けている」というような意味のことを書いておられた。すべての本格推理作家達が掘り続ける鉱脈とは――意外性、だろうか。それだけに、読者は次第に驚かなくなり、新たな鉱脈を探すことが困難になってくる。いつかは、その限界が訪れるのかも知れない。
それでも、僕らは本格推理を愛し続ける。そして、書き続けるだろう。「名探偵の掟」からそんなメッセージを感じ取ったのは、私だけではあるまい。
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貴志祐介「黒い家」
怖い。そして、痛い。
読んでいて、思わず顔を背けたくなってしまう描写が多い作品だった。じわじわじわと、ゆっくりと広がる恐怖が、読者に嫌悪感を抱かせつつも、先の展開から目が離せなくさせる。
生命保険会社に勤務する若槻は、ある日菰田という会ったことのないはずの顧客から、家に話に来るように言われる。そして、何か不吉な予感を感じつつその黒い家に向かった彼が眼にしたのは、菰田の息子・和也の首吊り死体だった。間をあけず、菰田から生命保険の請求書類が提出される。そして、保険金を催促して、ストーカー的に菰田が会社に現れるようになり、その行動は次第に常軌を逸し始める・・・
「このミス」でも高い評価を受けていたこの作品だが、ストーリーに隠されたどんでん返し(?というほどのものでもないが・・・)を明かしていた書評があるとかないとか。実は自分も、そのからくりをある筋から知っていたが、それでもなお怖い。ずるずると引っ張られる。同じく日本ホラー小説大賞を受賞した「パラサイト・イヴ」のように、驚愕するようなタイプの怖さではないが、痛い描写やイヤな展開になるたびに、ぞくりと悪寒が走る。巻末のホラー大賞選評でも触れられていたが、異常な人間たちを虫の世界にからめた描写などは、くどくどおどろおどろしげな言葉を並べるより、ストレートに怖さが伝わってくる。
やはり、怪物や幽霊より、一番怖いのは人間である。
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我孫子武丸「殺戮にいたる病」
最初にお断り。この感想はネタバレはしていませんが、ある程度ネタバレにつながりかねない部分にも触れていますので、作品内のトリックなどについて全く予備知識なしでこの本を楽しみたい!という方はご注意下さい。
究極の愛を求めて、殺人と屍姦を繰り返すサイコキラー「蒲生稔」の物語。
この作品を我孫子武丸の代表作として挙げる人も多いようだが、自分も同感である。 新本格を担う作家のうちでも、文章力という点では抜きんでている我孫子氏だが、その彼が描く異常犯罪の世界は、血がにじむように生々しい。サイコキラーのキャラクターや犯罪に至る動機そのものは、それほど並み居るサイコスリラーと比較して奇異でもなんでもないが、その語り口の見事さで一気に読ませる。
あるムックのインタビューで、我孫子氏はこの作品について「殺人のシーンは恋愛小説でいこうと思った」と言っておられたが、納得。とてつもなく残酷・どうしようもなくおぞましいシーンの連続でありながら、それらはとても美しい。これが、何よりも恐怖をそそる。殺人者の動機は、言うまでもなく異常である。にも関わらず。彼の気持ちを理解不能だとは言えない自分に気づかされるのである。人がホラーを鑑賞するとき、恐怖を感じる方向は2種類あると思う。一つは、自分たちとあまりにも異質な、かけ離れたものに対して。もう一つは、自分たちの身近、あるいは自分たちの内部にあるものに対して。サイコキラーを創造するとき、読者にとって理解できないキャラクターを創ることは、意外に容易いように思う(これはこれで、極めるには相当の力量がいるだろうが)。だが、異常でありながら読者が理解できてしまう、それだけ身近に感じてしまうだけに余計に恐ろしい、というパーソナリティを構築するのは・・・かなり困難な仕事だと思う。
この殺人鬼「蒲生稔」の存在だけで、サイコ・ホラーの傑作と言わしめるだけの資格が、この作品にはあると思う。
だが、肝心の、ラストシーンのからくりについてだが・・・実は自分としては、あんまり価値を認められない、というのが正直なところ。自分の場合、あの殺人シーンの生々しさにあまりにも魅せられているが故に、あのラストがそれをぶちこわしにしてしまった感があるのである。しかしながら、読み返してみるとフェアプレイに徹しつつ読者を騙す叙述のテクニックなどは見事で、ようするに私が最近叙述トリックもの(折原一)を読みあさっているために、衝撃に慣れてしまったせいでそのように感じたのだろう。また、どちらかといえば一発勝負型(笑)のトリックでもあるので、それが相手のツボにはまるかはまらないかで、評価が全然違ってくるのだろうと思う。
自分としては、サイコ・ホラーの佳作として、この作品を推したい。
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土屋隆夫「影の告発」
デパートのエレベーターの中で、毒物を注射されて息絶えた男。千草検事は、一人の男を犯人と直感し、彼の鉄壁のアリバイに挑んでいく。
こう書くと、地味なアリバイ崩しものの典型のように思われそうだが、犯人の人物描写、背景のリアルさによって、濃い口の傑作に仕上がっている。アリバイとりっくそのものは、決して派手ではないが、それを最後まで引っ張り読者を引きつけるだけの、ストーリーテリングが見事である。特に、物語の中で度々挿入される、謎の眠り続ける少女の映像−−リアルな設定の中に、幻想味を付け加えることに成功している。
また、タイトル「影の告発」の「影」にも、様々な意味合いが織り込まれ、それらが互いにリンクしあって事件の模様を形作っている。
以上、感想を書こうとすれば誉め言葉しかうかんでこないし、世間の傑作だという評価に異論はないが、本当に物語にシンクロできたかといわれれば、ちょっと違うような気もする。面白いと感じたのはたしかなのだけれど・・・どう説明したらいいのかわからないが、好み(?)の問題なのだろう。だが、他の土屋作品を手に取ってみたくなったのもたしかである。次は何を読もう?
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グレッグ・アイルズ「神の狩人(上・下)」
「羊たちの沈黙」に匹敵する傑作!という帯の賛辞に、思わず挑戦的な姿勢で読み始めた(笑)して、その結果は、すっかり惚れ込んでしまいました(笑)
一見何の関係もなさそうな、数件の連続殺人。その被害者には、セックスをテーマにしたコンピューター通信ネットワーク「EROS(エロス)」の会員であるという共通点があった。それをいちはやく看破した「EROS」のシステム・オペレーター、ハーパー・コールは、警察当局にこのことを指摘するが、このことが、やがて天才殺人鬼「ブラフマン」との全人格を賭けたおぞましい戦いに彼を巻き込んでいくのだった・・・ 現在、サイコスリラーもすっかりネタが出尽くしてしまった感があるし、ネットワークとそれを絡めた作品も少なくはない。そういう意味では、それほど目新しいアイディアの作品ではないのかもしれないが、そんなことはどうでもよくなってしまう程、息をつかせぬ展開である。エンターティメント小説の価値とは必ずしも斬新なアイディアばかりで計られるものではない、といういい証明になっている。ところで、帯の文句「『羊たちの沈黙』に比肩する傑作」かどうかという点であるが、少なくとも自分は、こちらの方がずっと物語に惹かれるのを感じた。「羊たちの沈黙」も、キャラクター造形といいリアルな設定といい、
それまでにない完成度の高い物語であったが、どうも自分は登場人物にシンクロできず、異常犯罪に関する捜査方法などの描写に眼がいってしまい、肝心のクラリス・スターリングの存在を半分忘れていたし。いや、レクター博士はやっぱりスゴい存在感だったんですが。彼は正面きっての敵役ではないし、実際の敵・バッファロウ・ビルは彼に比べると赤子同然であるし。(自分はどっちかというと、映画版の方が好き)。その点、この作品の殺人鬼「ブラフマン」は、レクター博士に優るとも劣らぬ存在感・異常性・天才的頭脳(ちなみに、レクターが備えていないもので彼が持っているのが「美しさ」である(^_^;))を有しており、そいつがFBIを翻弄して大立ち回りを演じてくれるのだから、たまらなく・・・コワイ。ちょっと話がそれたが、自分が「羊たちの沈黙」にシンクロできず、本作品にはシンクロできた理由を考えてみると・・・最終的には「人称の違い」ということかも知れないと思う。トラウマの深い主人公には、一人称がよく似合う。そして巨大な恐怖と相対するのにも。
とにかく、傑作。
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・鮎川哲也「本格ミステリーを楽しむ法」
鮎川哲也の書いたエッセイ・コラム・解説などをかき集めて一冊にまとめた、重厚な一冊。
あまり自分の過去について多くを語りたがらないとされている鮎川氏だけに、こういう一冊は氏の過去を研究するうえで興味深い・・・かと思いきや(笑)あちらこちらですっとぼけたり大きく脚色されたり、あるいは全くの虚構をくっつけてみたり・・・どこまでが本当の話なのか、さっぱりわからない(笑)。
が、唯一はっきりとわかることは、氏が心から「本格ミステリー」を愛し、そして、読者を謎と虚構の迷宮で楽しませようというスタンスに徹している、ということ。氏こそは、頭から爪先まで「本格ミステリー作家」なのである。
あと、「自分がいかに女性にもてるか」ということを妙に力説していて、面白いです(笑)
それはともかく、各作品の自己解説、乱歩、横溝などの巨匠との思い出などは、とても興味深い。
まるで、懐かしさと温かさ、優しさと寂しさに彩られたセピア色の写真を眺めているような気分になる。
戦前・戦後の本格ミステリー史に立ち会った、鮎川氏にしか書けない内容だ。
これからも末永く、日本のミステリー界を見守っていてほしいものです。
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・F・W・クロフツ「二つの密室」
実はクロフツの長編初挑戦。最初読み始めたとき、どうも読みづらい感じがしたのと、探偵がすぐにでてこない展開に焦れて、一旦中断していた。が、改めて読み直してみると、フレンチ警部が出てくるまでの前段もしっかりした構成のサスペンスになっていて、それなりに面白いし、フレンチが出てきてからは更に面白い。ちゃんと読めば訳も決して読みづらくないし、結局、翻訳物に対する先入観が、読み始めの印象を歪めていたのだと反省。密室トリックも意外な犯人も、派手ではないが本格の醍醐味だし、読者をひっぱる展開にも脱帽。他のクロフツも読んでみようと決心。が、井上勇訳の作品だけは読まないかもしれません(笑)
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・歌野昌午「ブードゥー・チャイルド」
島田荘司と二階堂黎人の絶賛の話題作。買ったのは、別に賛辞につられたわけではない。先月「死体を買う男」を読了して以来、どうにも歌野氏の存在が気になっていたからだ。しかも、著者自ら自信作であることを力説しているらしい、という情報を耳にするに至っては、これを読まなければ今年の夏は終わらないとさえ思える。で、本屋で見た瞬間手に取ってレジに走りました。
自分の前世が、「バロン・サムデイ」と呼ばれる悪魔に腹を抉られて殺された黒人の幼児・チャーリーだという記憶を持つ、少年。彼は自分の前世探しホームページを作る。科学的反証を唱えるもの、あからさまに狂人扱いする者、見るからにアヤシゲなオカルト知識を披歴する者――様々な反応が、彼のもとに寄せられた。
ある日、彼の義理の母親が残忍な方法で殺害される。その死体の顔には何故か塩が山盛りにされており、傍らには少年の前世の記憶に残る「悪魔の紋章」が遺されていた!
と、ずいぶんおどろおどろしい感じがする出だしだが、主人公の少年(日下部晃士)とその義理の姉(だったと思う?)のキャラクターが楽しく、テンポよく物語が進んでいく。そして、後半登場する名探偵によって全てが解き明かされるのだが、この探偵がまた良い!が、この探偵の存在について語ることは、未読の人の楽しみを半減させてしまう(すなわち、ネタバレになる)。
この本に関しては、くどくど感想を述べても仕方がない(というか、野暮である)。未読の人に言いたいことはとにかく、読め(゚-゚)bきっと期待を裏切られることはない。で、読むにあたっては、予備知識を極力耳に入れないことをお勧めする。
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・法月綸太郎・山口雅也他「不条理な殺人」
法月綸太郎・山口雅也の他、有栖川有栖、西澤保彦など、現代本格の旗手達が腕をふるうアンソロジー。なかなかにスゴイ顔ぶれがならんでいるので、ワクワクしながら手に取る。評価が分かれそうな作品もあるが、自分としては概ね楽しく読むことが出来た。以下、短編別に感想を。
・山口雅也「モルグ氏の素晴らしきクリスマス・イヴ」・・・本格推理というよりは、ブラックのスパイスが効いたユーモア・サスペンスである。雰囲気はいいし、災難に見舞われるモルグ氏のキャラクターも滑稽で笑えるのだが、話自体はどっかで見たような・・・(^^;)と思うのは、気のせいだろうか?
・有栖川有栖「暗号を撒く男」・・・これを本格推理といえるかどうか・・・(^^;)まあ、よくできたなぞなぞにはなってると思うけど。楽しく、軽いタッチの火村モノ。たまには、こういう話もいいでしょう。
・加納朋子「ダックスフンドの憂鬱」・・・始まりから終わりまで、なんとなくほほ笑ましく、「カワイイ」という印象が残るストーリーとキャラクターたちである。起こる事件そのものは、ちっともカワイくないが・・・
・西澤保彦「見知らぬ督促状の問題」・・・高知県人の誇り(笑)西澤氏の作品は、お馴染みタックとその仲間たちが登場。奇妙な出来事から推理を重ね、真実に接近していく様は、ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」を愛する西澤氏の真骨頂。派手ではないが、ひねりが効いてて美味しい良品。
・恩田陸「給水塔」・・・うーん(^^;)ちょっとこじつけが過ぎる気のするトリックと伏線だが、まあ、ありといえばありかも。傑作とは思わないけど。
・倉知淳「眠り猫、眠れ」・・・猫好きのショーシャンクには涙を押さえられない話(/_;)
。命の儚さ、世界の無常を感じますねえ。ダイイングメッセージの意味については、面白いともあっと驚きもしなかったけど、この作品の世界観にはマッチしているから、成功といえるでしょう。ただビックリさせるばかりがミステリのトリックではないという好例。
・若竹七海「泥棒稼業」・・・これのどこに「不条理な殺人」と関係が(笑)女泥棒二人組のキャラクターが楽しい。
・近藤史恵「かぐわしい殺人」・・・動機の意外さ、重さが胸に残る。世の中には、いろんな友人関係があるのねー(T▽T)
・柴田よしき「切り取られた笑顔」・・・ネットに強い柴田氏ならではの作品ですな。が、個人ホームページの氾濫についてのくだりは、結構耳が痛い。サイコ・サスペンスタッチだが、伏線の見事さに脱帽。
・法月綸太郎「トゥ・オブ・アス」・・・今まで、法月作品は短編をちょこちょこしか読んだことがないが、そのどれもが、「トリックはいいけど小説としてはちょっと(T▽T)」という印象しか持てなかった自分。今回も、仕掛けの凝り具合は評価するとしても、その感じは拭えない。まあ、過去の作品だっていうから、若書きってことで仕方ないのかも。新作書けよな(笑)
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・桂令夫著「イスラム幻想世界」
昔から神話や伝説が好きなショーシャンクだが、最近はギリシャ神話や北欧神話、ヨーロッパ系の神話には飽きてしまって、東洋、とりわけ東南アジアやアフリカ系の神話に興味が行っている。そのからみで、今回イスラムについての本を手に取った。新紀元社から出版されている、世界各地の神話・伝説その他ファンタジーに関係のありそうな要素をガイドした「トルース・オブ・ファンタジー」シリーズの最新刊である。イスラム圏の神話・伝説といえば、実はアラビアン・ナイトなどを通して、日本にも流入してるはずなのだが、それをわかりやすくガイドしたものは少ない。そういう意味では、とても貴重な存在の本だと思う(これは、トルース・オブ・ファンタジーの仕事全般にいえることだが)。ジン、グール、など、アラビアン世界では定番のモンスターの紹介をはじめ、聖書の登場人物達がイスラム教の中にいかに
アレンジされて組み込まれているかも、詳しく解説。イエスを孕ませたのは、天使ジブリール(キリスト教でのガブリエル)だそうで。どうやら、ジブリールが彼の父親という説もあるそうで。いいのか、天使が嫁入り前の娘かどわかして(笑)。その他、イランに昔からあった神話伝説をも取り込み、イスラム幻想世界が深く広くわかる仕掛けになっている。とにかく親切な本である。
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あんまり、「甘口」になってないかも?(^_^;)