BOOK ROOM  本の部屋・過去ログ
ショーシャンクの甘口書評(?)

1999年11月〜2000年3月に読んだ本


*目次 
西澤保彦「念力密室!」 
クリスチアナ・ブランド「ジェゼベルの死」
真保裕一「ホワイトアウト」
栗本薫「グインサーガ70 豹頭王の誕生」&「グインサーガ71 嵐のルノリア」
西澤保彦「夢幻巡礼」
西澤保彦「彼女が死んだ夜」
相村英輔「不確定性原理殺人事件」
赤川次郎「幽霊列車」
湯川薫「ディオニシオスの耳」
F・W・クロフツ「スターヴェルの悲劇」
安彦良和「我が名はネロ(全2巻)」
西荻弓絵・新井理恵「ケイゾク/漫画
大塚英志「多重人格探偵サイコ1」
はやみねかおる「魔女の隠れ里」
泡坂妻夫「天井のとらんぷ」
泡坂妻夫「花火と銃声」
愛川晶「化身−アヴァターラ−」
篠田節子「絹の変容」
村山由佳「天使の卵(エンジェルズ・エッグ)」
森山南「陋巷の狗」
本多孝好「MISSING(ミッシング)」
栗本薫「グインサーガ69 修羅」
若竹七海「ヴィラ・マグノリアの殺人」
倉阪鬼一郎「田舎の事件」
有栖川有栖「46番目の密室」
P・D・ジェイムズ「黒い塔」
菊地秀行「魔戦記」
栗本薫「グインサーガ68・豹頭将軍の帰還」

その他の過去ログ: 
98年7月に読んだ本
98年8月〜10月に読んだ本
98年11月〜99年3月に読んだ本
99年4月〜99年10月に読んだ本
2000年4月〜2000年10月に読んだ本
2000年11月〜2001年10月に読んだ本

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西澤保彦「念力密室!」 
 売れない推理作家・保科匡緒の前に現れた、羽織袴と三つ編みが似合う不思議な美少女、神麻嗣子。彼女は、見かけによらずスゴイ職業――超能力問題秘密対策委員会(通称・チョーモンイン)出張相談員(見習)として、超能力がからむ犯罪を追いかけているのであった。そして美貌の警部能解匡緒、この三人は、とある密室殺人事件に巻き込まれたのをきっかけに、数々の超能力による犯罪にチームを組んで取り組むことになったのだった!
 西澤氏の人気シリーズ、<チョーモンイン>シリーズの第一作目となった神麻嗣子初登場短編、「念力密室」を収録した、5つの念力を使った密室殺人事件の謎と、後々の物語の伏線になっているらしい謎めいたボーナストラック「念力密室F」を含む、お得感あふれる短編集。表紙の嗣子ちゃん人形もいい味出してます(笑)。今まで、<チョーモンイン>シリーズは長編しか読んだことがなかったんですが、改めて全部読んでみると、やはりこのシリーズは長短編交えて全部で一つの物語になっているのだな、と感じる。もう一つの人気シリーズ・タックシリーズでも、かなり男と女・ジェンダーの問題に力点が入っている西澤氏の諸作だが、このシリーズにおいても、自立した女の象徴ともいえる能解警部と、ある意味男の理想とする女性像(笑)である嗣子ちゃん、対照的な二人をメインに据えることによって、本当の意味での「男女の共存」の形を模索している・・・なんて思うのは考え過ぎでしょうか(^^;)
 まあ、そんな七面倒な理屈はさておいても、生き生きとしたキャラクター造形はいつもながら見事で、嗣子ちゃんだけに限らず、保科も、能解さんも、そして聡子さんも、みんななんだか可愛らしく思えてしまうのであります。ちなみに密かな私のお気に入りは聡子さん(笑・・・といいつつ、実はかなり人気があるらしい、とも聞く>聡子さん)。無論このシリーズの魅力はそれだけではなくて、ロジック派西澤氏の手腕も遺憾なく発揮されていて、よく見てみるとこの短編集全部トリックとして見れば「念力で密室を作る」という同じお膳立てにも関わらず、それぞれに捻ったプロットと緻密で美しい論理展開により、全く飽きを感じない。全く、贅沢な一冊でありました。
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クリスチアナ・ブランド「ジェゼベルの死」
 ロンドンで行われる帰還軍人を迎えるためのアトラクション劇、その舞台で、塔のセットの上からイゼベルという女が墜落死する。周囲から悪女として疎まれ、密かに聖書に登場する悪女ジェゼベルを異名として囁かれていた彼女。彼女は、かつて一人の純情な青年を自殺においやった張本人であった。彼女と、その共謀者アール、そして二人に利用された青年の恋人ペピイ。三人には、殺人予告の脅迫状が届いていたのだった。やがて届けられるアールの生首。偶然ロンドンに居合わせたケント州警察の名警部コックリルが、不可能犯罪の謎に挑む。
 挑戦中の作家・・・とプロフィールに書きつつ、本は買ったが未読のままだったクリスチアナ・ブランド、初挑戦です。しばらく海外ものを読むのをさぼってたせいか、どうも最初は話の流れに入って生き辛かったりしたのですが、脅迫状、悪女の死、不可能状況・・・と話が進むにつれて、ぐんぐん引き込まれていきました。特に、終盤の容疑者断定をめぐる大混乱状態(笑)は、もう酔いしれるほどに目まぐるしくて、トイレに行く暇も惜しんで(笑)読み進んでしまっている自分がいました。解説の山口雅也さんも触れておられましたが、レッド・ヘリングの使い方はまさに絶妙。サスペンスフルな事件の展開と、それら謎ときの流れの魅力、そしてそこに思わず背筋が寒くなるような戦慄すべきトリック(実は、他の作品で使われているのを見たことがあるものなのですが、それでも抵抗なく驚けるのは、やはりプロットと溶け込んで、実に上手く演出されているからでしょう)までもが用意されているとなれば、やはりこれは傑作と言わなくてはなりますまい。あと、名探偵フェチ(笑)のショーシャンクとしては、やはりひねくれ者コックリル警部の魅力にも、抗えませんでした(笑)。いつもあ ちこちで吹聴してますが、私は「探偵は性格が悪くあるべし」という嫌な趣味の持ち主なのです(笑)。そういう意味では、このコッキー氏もお気に入りの探偵の中に速攻で入ってしまったのでした(笑)。
 いろんな意味で、ブランドにはまっていきそうな予感を感じた一作でした。他のも頑張って読むぞ!
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真保裕一「ホワイトアウト」
 日本最大の貯水量を誇る奥遠和ダムが、テロリスト集団「赤い月」によって占拠された。武装した彼らは、発電所の職員と、ダムの下流に広がる地域の住人を人質に、50億円を要求する。共に遭難者を救助に向かった友人・吉岡を失った心の傷を抱えるダム職員・富樫は、絶え間なく降りしきる雪の中、捕らわれた同僚と吉岡の婚約者を救うため、たった一人でテロリストどもに立ち向かっていく!
 ・・・いやあ、最初から最後まで、一気に読んでしまいました。久々に、冒頭から物語世界にすっかり引き込まれ、次はどうなるのか、ドキドキしてページを繰るのももどかしい、という思いを味わいました。
 なんといっても、主人公・富樫がかっこいいのです。それも、ダイ・ハード的な無敵ヒーローでもなんでもなく、我々と同じように血と肉と心の傷を抱え、何度も挫折しそうになりながらも、己自身の弱さと闘うために困難に立ち向かってゆく。これこそ真の漢(「漢」と書いて「おとこ」と読む!(笑))です。どんな状況でも決して諦めず、銃器を所持した戦闘のプロどもを相手に、互角の戦いを繰り広げるのです。これを読んで燃えないヤツは、男じゃないです(言い切る(笑))。だがしかし、この話のウリは富樫の男っぷりだけではありません。お互いに姿の見えない相手の出方を冷静に分析して先手を打とうとするテロリストたちと富樫の高度な駆け引き、そしてダムジャック計画に隠された真の目的。これはもう、美味しすぎるとしかいいようのない物語のソースが惜しげもなくどばどばとつぎ込まれているのです!はあ、久々に褒めちぎってしまいましたが、結末も勿論感動的。これだけ非の打ち所もなくシンクロできるお話も、自分的には珍しいです。はい。とにかく、読んで損はありません。
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栗本薫「グインサーガ70 豹頭王の誕生」&「グインサーガ71 嵐のルノリア」
 この2冊は一気に読んでしまったので、感想も一気に書きます。というか、続き物なので2冊並べて感想を書くのはなんとなく間抜けになってしまうのですよね(笑)。で、70巻、とうとうグインはケイロニア王になってしまいました!・・・長かったなあ(笑)。主人公でありながら、物語の半分近く欠場しているという悲運(笑)にありながらも、出てくる所ではきっちり主役の貫禄を見せつけ、中原の歴史を動かして参りましたよグイン様。そうして、やっとここまで来たのです!本当に感慨深い。しかも、その巻が70という妙にキリのいい数字であることも、なんだか運命的なものを感じさせて、グインサーガがただの小説でないことを誇示しているような気がします。一方、こちらも王となったイシュトヴァーンと、パロにて謀反を企てるナリスの方の流れも、それぞれ大きなうねりを見せています。71巻は、久々にまるごと一冊、パロが舞台でした。しかも、中原の真の敵ヤンダル・ゾッグも本格的に姿を現しはじめ、ますます風雲急を告げています。それにしても、ドラゴン人間ヤンダル氏は、初登場は意外と古くて外伝の第一巻「七人の魔道師」でグインを狙う魔道師のうち最強の存在 としてトリを飾るのですが、そこで出てくる印象と、本編での印象は随分違うんですが・・・(笑)。きれいにつながるんだろうか(笑)。つながるといえば、グインが王となってからのエピソードとして描かれた「七人の魔道師」の時代に至るまでには、いろいろと人間関係にびっくりするような変化がありそうなんですが、栗本氏本人もおっしゃられているように、あと30巻でおさまるんだろうか、不安になってしまいます。しかし、長い長いグインサーガも、あとたった30巻ですか。これまた、何だか感慨深いです。
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西澤保彦「夢幻巡礼」
 能解匡緒警部の部下・奈蔵渉は、警察官でありながら冷酷な連続殺人鬼であった。母への憎悪を抱えて自らを狂気に駆り立てる彼が、かつて嵐の山荘「聯雲荘」で遭遇した密室殺人事件。そして十年後、殺された沓水さやかの弟・流からかかってきた謎の電話。奇怪な事件は、これから誕生する邪悪なる意志の鼓動なのか。
 殺人鬼が主人公、といえば、最近話題になった「ハサミ男」をついつい思い出す。そして、この作品もそれとほぼ同時期に発表されたんだったと思うが、自分としてはこちらの方が「ハサミ男」より何倍も怖く感じた。「ハサミ男」は作者の意図的な演出によって、殺人鬼とはいえやけに人間臭い演出がなされており(そこが反対に、身近な狂気を感じて怖い、という意見もあるのだと思うが)、変に親近感を抱いてしまうが故に、サイコスリラー特有の「不快感」というか「嫌悪感」があまり感じられなかったが、奈蔵
の人物造形は、はっきり言って相当におぞましい。育った環境に同情すべき点はあるにしても、その行為について弁護できる余地はまるでない。極めて冷酷に、確実に、何のためらいもなく殺人を犯す。その殺害の描写がとてもリアルで、鳥肌が立ちそうになるのを何度も感じた。描写といえば、西澤氏が以前サイコ・ミステリとして発表した「猟死の果て」、こちらはクールでさばさばした描写と文体が、ごてごてと書き立てるのより反対に恐怖を煽った感じだったが、今回は緻密な描写の積み重ねによって実にヘヴィな狂気のドラマを作り上げるのに成功している。この似たテーマを扱いながら全く正反対ともいえる手法で書かれている二作品を比べながら読み進むのも、なかなかに面白い読み方といえるかも。そうしたサイコホラーとしての迫力に加えて、戦慄のあの真相。作品のテーマと、トリックと、プロットが見事に調和して更なる恐怖を目の前につきつけてくれました。ふう、すごい・・・一気に読みましたがなかなかに胃にもたれる作品でした。しかし無論これは褒めことばで、前述のようにサイコホラーは「不快感」とか「嫌悪感」を、かさぶたを恐る恐る剥ぐように味わうのが本道だと少な くとも自分は思っているので、そういう意味では最高に味わい深かった逸品でした。
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西澤保彦「彼女が死んだ夜」
 門限は夕方6時という驚異の箱入り娘、通称ハコちゃんの自宅に、見知らぬ女の死体が横たわっていた。彼女に助けを求められたタックこと匠千暁、ボアン先輩、ガンタの三人は、ハコちゃんのあまりの混乱ぶりに、その死体を別の場所に運ぶことをしぶしぶ承知し、実行に移すが――この小さな悪事が、やがて大事件に発展していく!
 タック、ボアン先輩、タカチ、ウサコの四人組が登場する、西澤氏の人気シリーズの第一作。タックをはじめとする愉快な仲間たちのディスカッションがとても楽しくて、一気に読めました。しかし、軽妙なタッチで進むストーリーに反して、ラストではなんともやりきれない切ない気分になりました。そう、このタックのシリーズを読む度、自分が感じるのはこのことなのです。生き生きした四人組の推理や捜査がとても楽しくて、それなのに真相は容赦なく人間の醜い面、愚かな面をえぐってくる。序盤中盤の軽妙な展開が、ラストのやりきれなさを更際立たせているのです。このあたり、本当に見事に計算されているなあ、と今回改めて感じ入りました。
 あと、このシリーズのキャラたちにつきあっていていつも他人とは思えないのは、やはり彼らの酒豪ぶりでしょう(笑)。なんかそのまんま、高知県人って感じなんだもの・・・(笑)。
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相村英輔「不確定性原理殺人事件」
 昭和50年代、アパート「昭和荘」で起こった、不可思議な殺人事件。完全密室の謎と、アリバイが完全な容疑者たち。検死官である伯父の影響で、法医学に詳しくなった売れない詩人の亜門くんが、不確定性原理の論理を用いて事件の謎を解く。
 いやあ、ひさしぶりです。何がって、読んでいてこれほど「自分にゃ合わない」と思った作品も(^^;)。まず、文体と語り口が合わない。なんというか、べちゃべちゃしているというか、くどいのとも違って、無意味に絡みついてくるような文章。こういう印象を抱くのはおそらく、登場人物の台詞とかにやたらとカタカナが入ってくるからだろう。「〜なんダロ?」とか、「刑事さん」を「ケイジさん」と言うとか、「〜ですネ」とか。なんちゅーか、自分はこういう文ってはっきり言って嫌いなんですよね(^^;)古くさいというか粘っこく感じるというか。でも、過去の名作にはこういう文章を使って書かれているものもあるわけで、その辺はまあ、我慢しようと思えばできる。次、語り口。探偵は亜門くんなのだけれども、推理をはじめるのはほとんど終盤で、そこまではやたら徒労が多い刑事たちの捜査が続く。まあ、この「徒労」「無駄」に見える部分の中にも、ちゃんと伏線は仕込まれていたので、ある程度仕方なかった部分はあるのだが、出てくる刑事たちに、自分は全くといっていいほど感情移入できなかったので、どうしても 苦痛に感じてしまうのだ(その感情移入の妨げになったのが、例の湿気の多い文体なわけで(^^;))。
 まあ、上記二点の合わない部分も、素晴らしいトリック、帯の惹句にあるような、新しい論理の煌きがあると信じて、最後まで頑張って読んでみれば・・・はっきり言って、ガッカリ。名探偵が出てきて、不確定性原理なるものを取り出して大仰に論じなくても、普通に司法解剖してれば、絶対にちゃんとわかったはずの真相なのである。ていうか、犯罪の疑いのある変死体って普通、司法解剖するもんではないのでしょうか?(^^;)少なくとも手元にある資料にはそう書いてあるのですが。この話の昭和50年代には違ってたのでしょうか?(^^;)。事件を不可解にした原因、検死官の「見落とし」についても、ちょっと説得力がないし。そうでなくても、真相のパターン的には、ミステリとしては極めてよくある話なのである。ミステリに不確定性原理を持ち込む、という新しい試み(まあ、トリックは使い果たされていると言われる昨今、傑作を書くにはよくあるトリックでも使い道と演出で意外性を出す、ということが大切だと思うし、この作品においては「不確定性原理」がその演出にあたるのだろう)は認 めるけど、肝心の事件の方があまりにショボいのだ。それにそもそも、不確定性原理が持ち出されるに至った流れも、なんだか不自然というか説得力不足。明らかに言動および関心事が文系知識人そのものの亜門くんが、なんで推理を披露し始めるにあたって急に高度な数学的論理を展開しはじめるんでしょう。彼がそういう物の考え方をする人である、という伏線とか雰囲気がそれまでまるでなかった(少なくとも自分にはわかんなかった)というのに。はあ、本当はもっと細々と突っ込みたいとこはいろいろあるのだけど、ネタバレになりそうなのでやめますが。私は何の見識も確かな批評眼もあるとはいえない人間なので、この作品の価値を断ずる資格はないのですが、少なくとも、やっぱり自分には合いません。悪しからず。
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赤川次郎「幽霊列車」
 山間の温泉町に向かう列車から、八人の乗客が蒸発する――この前代未聞の怪事件に、女子大生永井夕子と、宇野警部のコンビが挑む。表題作「幽霊列車」他4編収録の、連作短編集。
 これ、デビュー以後怪物のような勢いで量産を続ける、赤川次郎氏のデビュー短編集なのですが、やはり「幽霊列車」のトリックと真相は見事ですね。この人、先に奇妙な状況を考えて書き始め、それからトリックや真相を肉付けしていくらしいのですが、なんとまあ、これだけの大仕掛けな謎にぴたっとはまる解決を考えつけるものです。やはり、才能ですね。しかし、「幽霊列車」以外の作品は、ちょっとうす味な感じもします。それでも一定以上のレベルは保っているわけで、この辺のペース配分の上手さが、あれだけの数の著作を発表しながら長期間にわたって活躍できる秘密なのでしょう。私もこういう才能がほしい・・・(苦笑)
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湯川薫「ディオニシオスの耳」
 1989年、モントリオールで起きた不可解な殺人――教会の尖塔に突き刺された女性の死体。その10年後、日本でもその事件に関係した面々に見えない殺人者が忍び寄る。物理学の天才でありながらうだつのあがらぬ生活をしている大学講師の湯川幸四郎は、否応なく事件に巻き込まれていくが――
 なかなかに、上品な味わいの本格推理でありました。大がかりなトリックといい、個性豊かな登場人物といい、この味わいはまさにカーそのものではありませんか。だがしかし、トリックには最先端技術や科学知識がいろいろと折り込まれていて、また別の味わいがあるのですが。作者と読者で知恵比べをするには、専門知識がないかぎりかなり難しいと思います。とはいえ、そこはいろんな知識を伏線として心地よいペダンティズムたっぷりに解説してくれているので、まあ、話全体としては難解になることを免れています。ただ、気になるのは、会話の中に盛り込まれたその分かりやすい説明が、妙に台詞としてのリアリティを殺してしまっていたり、犯人の動機を説き明かす重要な部分の手がかりが謎ときの真っ最中まで伏せられていたりと、ちょっとミステリとしては反則めいた部分もあったこと。せっかくこんな面白い話なのだから、もっとそのあたりをきちっと作っていただければ、世紀の傑作になっていたかもしれません。まあ、自分にとっては十分満足できる出来なので、文句を言う筋合いはないのですが(笑)湯川薫氏は、たしかこの作品がデビュー作で、二作目がもう出版されていると思 うのですが、探偵役はやはり湯川幸四郎さんなのでしょうか。彼もなかなか、ほほ笑ましくていい味を出してるので、是非彼が探偵役のお話をまた読んでみたいと思います。
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F・W・クロフツ「スターヴェルの悲劇」
 辺鄙な場所に建つスターヴェル屋敷は、ある日猛然たる火災に襲われ、一夜にして消失する。その焼け跡から主人と召使夫婦とおぼしき死体が発見され、金庫にたくわえられていた大量の紙幣までもが灰と化す。が、微かな疑問から事件の捜査を要請されたスコットランドヤードのフレンチ警部は。些細な事件の矛盾点を地道に調べるうち、事件は意外な方向に。
 久方ぶりに読んだクロフツは、Enigmaさんのオススメ、クロフツの初期の傑作と呼ばれる作品です。 率直な感想を言うと、概ね面白かったけれども、個人的な好みから言うと「二つの密室」の方が楽しめたかな、という感じです。展開が、どうも地味な感じがしてしまって、派手好きトリック好きの私めとしましてはいささか物足りなさをおぼえてしまうのであります。まあ、事件の発端からしてそんなにも奇をてらったものではないので、これは仕方ないでしょう(^^;)それでも、事件の重要な局面ごとにはやはり息を呑みましたし、最後のどんでん返しでは「ううっ、そう来たか!」(笑)という嬉しい敗北感を味わいました。このあたりから考えると、話が地味であることをどうこう言うより、この地味な素材を、ここまで巧みに面白く読ませるクロフツの手腕を評価するのが正当な読み方だと思われます。(地味地味言ってすみません(^^;)>Enigmaさん)
 それにしても、やはりフレンチ警部のキャラクターは好きです。頼りになって、人がよくて優しくて、なおかつ賢い。どこの職場にも一人はいる、いわゆる「尊敬される先輩」タイプの人ですよね。特にこの作品では妙に人間臭いところをあちこちで覗かせていて、とても親近感が持てる雰囲気を醸し出しておりました。ふむ、ぼちぼちクロフツのおもしろさがわかってきたかもしれません(笑)
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安彦良和「我が名はネロ(全2巻)」
 キリスト教徒の大虐殺など、暴虐の限りをつくしたとされるローマ皇帝ネロ。虚構を通してその実像に迫る、安彦良和の長編コミック。
 どちらかといえば、カリギュラ等と並んで暴君としての名の方が有名なネロだが、その皇帝即位直後は善政をしき、市民からの圧倒的な支持を得ていたことは、意外と知られていない(かな?)。権力の座にあるが故の孤独と不安にさいなまれ、徐々に堕落していく有り様を、かなり克明に描いている。そしてまた、ネロの最期についても大胆な新解釈を加えており、読み応え十分であった。実はショーシャンクめは、この哀れな皇帝が妙に好きだったりします。というか、ローマ時代と現代日本というのは世相的に妙に似通っているんですよね(^^;)豊かなくせに割と人心は荒んでいて、みんな享楽に走っているという。でもって、あまりにも生活が楽で便利なもんにあふれているもんで、そのまま易きにながれて適当に生きているところなんかも、なんかそっくり(言い過ぎ?(^^;)というかそんなにもローマ時代のこと知ってるわけじゃないだろ>自分)。であるからして、ネロの無様な生き方も、そのまんま日本のどっかにいそうな感じがするんです。妙に話がそれましたが、そういえば安彦氏も後書きで同じようなことを書いておられましたっけ。しかし、この構図を見てると、人間ていうのは生活が 豊かになるとこんな風になっていく、というのはいつの時代になっても同じなのね。
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西荻弓絵・新井理恵「ケイゾク/漫画」
 ドラマ「ケイゾク」の99年12月24日に放送された「特別篇」をコミック化したもの・・・といいつつ、連載されていたのは、特別篇が放送されるかなり前からなのだが(^^;)
 まあ、ストーリー的にはさしたる感慨はなし。TV版の特別篇とほとんど同じなので・・・ただ、TV版で気になって仕方がなかった「ギャグに走り過ぎ」「遊び過ぎ」という部分は、コミックになると反対に気にならない。一つのストーリーや素材が、料理するメディアによって全く印象が違ってくるというのは、やはり面白いですね。
 あとは絵の部分についてだが、ちょっと真山さんがあまりにも似てないのが気になるのと、柴田がグラマー過ぎるのが(爆死)少し気になった。
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大塚英志「多重人格探偵サイコ1」
 少年エースで連載中の、前代未聞の衝撃シーン満載の問題作コミック、「多重人格探偵サイコ」の小説版。主人公である雨宮一彦の刑務所入所中に遭遇した事件を描く。
 うーん、自分は「サイコ」のファンなので、物語の外伝が読めるというのは嬉しかったし、コミックの方でかなり説明を省略している種々の事柄について、詳細な設定が明かされているのは有り難かったのだが。小説として見た場合、ちょっといろいろ問題があるように思う。やたら説明的な文章が多いのも少ししんどいし、視点が定まっていない個所がいくつも見受けられた。大塚さんという人について、自分はあまりよく知らないのだが、この人本職はやはり小説書きではないのではないだろうか。なんか、ストーリーはかなり面白いのに、余計な部分で損をしている小説のような気がする。まあ、サイコのファンにとってはあまりそんなことは関係ないのだろうけど。
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はやみねかおる「魔女の隠れ里」
 笙野乃里で企画している推理ゲームのアドバイザーをたのまれた夢水清志郎は、三つ子と共に桜咲くその地を訪れた。ところが、到着したとたんに届いたには、「魔女」と名乗る怪人物からのメッセージ。そして次々としかけられる、「魔女」からの推理ゲーム――名探偵夢水シリーズ第4弾。
 毎回、夢水シリーズには一冊につき謎がいくつも挿入されているのでお得感を味わえるのだが、今回も事件2つ(前編・後編という感じの構成といえるか。前編はきっちり後編の伏線として生きています)プラス三姉妹のママ・羽衣さんの過去にまつわるささやかな謎と、なかなかにサービスが行き届いている。今回も人は死なないが、犯人が「魔女」と名乗っているからか、なかなかにホラーっぽい味付けもなされていて、そういう意味では今までの作品に比べると異色かも。トリックは今回も大仕掛けで楽しい。それにしても、教授こと夢水が一作を追うごとに探偵らしくなくなってくるような気がするのは私だけだろうか?(笑)あまりにも子ども過ぎ・・・そこがまあ、魅力なんですがゆ(笑)
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泡坂妻夫「天井のとらんぷ」
 バーで殺された男は、天井に貼りつけたダイヤのJのトランプで、何を示そうとしたのか?藤形少女歌劇団付属音楽学校の寮で起こった、集団食中毒の犯人は?奇術がらみの数々の怪事件に挑むのは、女流奇術師曾我佳城!
 泡坂妻夫氏が創造した名探偵の一人、曾我佳城の登場する短編集その壱。もともと手品・奇術の名人である泡坂氏ならではの、奇術についての蘊蓄、華麗なトリックがちりばめられた、お得な一冊でした。全8編が収録されていますが、特に印象深かったのは次の三編。
「天井のとらんぷ」・・・やはり佳城さんのデビュー作ですもの。「佳城」という言葉の本当の意味も、なかなかに泡坂さんらしいというか、悪戯っけたっぷりというか。天井にトランプが貼りついている、という奇抜な状況からして、最初からぐぐっと引きつけられます。
「シンブルの味」・・・話の流れそのものは、ちとばかしぼやっとしてる感じもしましたが、やはり体を張った(笑・・・これって下手するとネタバレかな)あのトリックには、感心させられました。
「白いハンカチーフ」・・・結構本筋に関係ないお喋りが内容の大半をしめているので(まあ、伏線もきちんとひかれてはいますが)、途中読んでいて辛かったですが、最後の犯人をひっかける方法は見事でした。結構シンプルなだけに、余計効果的。しかし、これってある意味サイコスリラーかも?(笑)
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泡坂妻夫「花火と銃声」
 曾我佳城の事件簿第二弾。今回もまた、奇術と深く関わった多彩な事件に挑む。箱を開けると石に変身していた腹話術人形、花火の夜に起こった銃殺事件に隠されたトリック、映像と現実の間を行き来するマジックの最中に起きた殺人事件など、更にバラエティに富んだ謎の数々に、佳城はいかに立ち向かうのか。
「天井のとらんぷ」と比べると、いささか印象が薄いか・・・?と思いきや、読み進むにつれて切れ味が鋭くなっていく感じでした。今回も満足満足。と、いいつつ、実はあまり佳城さんに魅力を感じていない自分がいるのもたしかでして(^^;)一体なんなんでしょう。ひょっとすると、結婚するとさっさと仕事をやめて家に入ってしまう、という女性像があまり個人的に好きではないからかも。
 ちなみに、今回印象に残ったのは、以下の短編。
「剣の舞」・・・これまた、いささかサイコスリラーめいたお話。女の情念が哀しいです。
「花火と銃声」・・・実は、安楽椅子探偵もの(笑)なので、近々粋龍堂でも紹介すると思います。相談相手の話から、ではなく、行間(?会話でもこういう表現でいいのかな)から手がかりを読む佳城さんの慧眼には恐れ入る。  
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愛川晶「化身−アヴァターラ−」
 平穏な生活を送っていた女子大生・操のもとに、ある日奇妙な写真が送りつけられる。その瞬間、記憶が暗転するのを感じた彼女の胸に、一つの疑念が沸き起こる。「私は一体、誰なの?」曖昧な幼少時の記憶の底に隠された秘密。そして彼女の身に徐々に降りかかり始める災厄。操は、大学の先輩である通称「シェフ」、ミステリ好きな青年坂崎の協力を得て、自らの出生の秘密を探り始める。
 実は愛川晶氏は、傑作長編「霊名イザヤ」を読んで以来、かなり贔屓の作家さんなのだが、そのデビュー作を読んでみました。さすがに、先に「霊名イザヤ」を読んでしまうと、少々薄味のような気もしないでもないが、戸籍制度を利用した見事な謎解きの展開や、それをインド神話と絡めた展開は実にスリリングで、熱中して読みました。デビュー作、ということですが、新人とはとても思えないような出来を誇っています。愛川氏はここ2年ほど、早いペースで「傑作」との声の高い新作を数々発表されていて、今後の活躍が楽しみなのですが、その実力の片鱗はすでにデビュー作から発現していたのだなあ、としみじみ感じました。愛川氏の作品はまだまだ未読が多い私ですが、更にどんどん読んでいこうと決意しました!楽しみです!
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篠田節子「絹の変容」
 ふとしたことで、見たこともないような美しい虹色に輝く絹織物を目にした男は、それを量産できないかと考える。有能な女研究者と組み、で謎の野蚕の養殖に着手し、一時は成功したかに見えたが、性急な品種改良は悪夢のような毒素を生み、やがて町はパニックに陥る――
 押しも押されもせぬ巨匠・篠田女史のデビュー作。実は篠田作品は初めて読むが、たしかに、ついつい続きが気になって読み進んでしまう展開は、上手いなあと感じる。しかし、どうも文章表現とか人物造形とかは淡泊で、特に主人公などは何を考えているのかよくわからないというか、シンクロできなかったので、こういうのは私の好みではないなあ、と思ってしまった。多分そういうのを盛り込んだら、かなりの大長編になってしまうだろうが、どうせこれだけ魅力的なお話を作るのなら、こんな風にさらさらっと流さないで、もっと読み応えのあるものにしてほしかったなあ、というのが正直なトコロ。ですがまあ、デビュー作ですから、いろいろと若書きなのは仕方がないかなあ、とも思う。読者は我が儘なものですから(笑)
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村山由佳「天使の卵(エンジェルズ・エッグ)」
 19歳の予備校生である「ぼく」は、8歳年上の精神科医・春妃と出会い、その凛とした横顔に惹かれ、次第に愛するようになる。悲しくなるほどに純粋で激しい、二人の恋の行方は――
 いやあ、普段のおいらの読書傾向からいきなり飛躍してるんで、驚かれた方も多いかもしれませんが。日頃ミステリ系・エンターティメント系の本しか読まないもんで、たまには「純然たる恋愛小説」というものを読んでみたいと思いまして。というか、ミステリのおもしろさは斬新なトリックやだましのテクニック、その他、エンターティメント系の話は奇抜な設定や手に汗握るストーリー展開。じゃあ、恋愛小説っていうのは、どこで面白さを感じるのか?ちょっと研究(んなたいしたもんではないけど)してみたいと思い立ちまして。その解答がこの作品から得られたかどうかは別として、この作品は全体に文章が美しい。
 無駄にゴテゴテ飾りつけてない、澄み切った世界観がそこにはあった。ストーリー展開そのものは、ありがちといえばありがちにも思えるのだが、そういう部分からこの作品を見るのは、きっと評価の仕方を間違っているのだろう。ともかく、優しく透明な文体と、切なさ、悲しさ、そういうものに魅せられて、かなりサクサク読み進んでしまいました。悲しすぎるラストでは涙もこぼれそうになったし。とりあえず自分にとっての「恋愛小説」の読み方は、頭ではなく感性で読む!そういうものだということで結論が出てしまいましたが、みなさまはいかがでしょうか?
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森山南「陋巷の狗」
 幕末の京都で血闘を繰り広げた、剣客たち。新選組、維新志士、彼らは本当に、己の信じるところに寄って剣をふるったのか。「人斬り以蔵」こと岡田以蔵と、坂本竜馬の用心棒・若き剣士朱楽万次。二人は一人の女をめぐって、血に染まった剣をふるう――
 弱冠20の作者が小説すばる新人賞を獲得した作品。受賞当時、「ジャンプ世代の新しい時代小説」ともてはやされたが――正直、読んでみるとなんでそんなに評価されたの?(^^;)と疑問に思ってしまった。坂本竜馬の下手くそな土佐弁に始まる取材の甘さ、これといった斬新なところのない設定と人物造形(いや、維新志士がしょせん欲と金にまみれた悪党どもだった、という設定は面白かったが)、スピード感のないダラダラしたアクション・・・まあ、20歳にしてはよく書けている、といえるのかもしれないが、一つの作品としてみると習作というレベルを脱しているとは思えない。ジャンプ世代の――という宣伝文句も、ジャンプあたりで描かれていそうな(例:るろうに剣心)世界観、ということか??と変に勘ぐってしまう。自分はあまり時代小説を読まないので、そういうジャンルの作品としてどうか、ということはよく判断できないのだが、少なくともエンターティメントとして、自分はあまり楽しめなかった。この方は、もうデビュー後3年くらい経過しているのだが、その後活躍しているという話をあまり聞かないし、調べてみたがこの作品以外出版されている形跡がない。言っては 悪いが、それも当然のなりゆきかな、と思う。
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本多孝好「MISSING(ミッシング)」
「眠りの海」で小説推理新人賞を受賞した著者の、年に一度発表された短編5つを一冊にまとめた、デビュー短編集。事故死した恋人(教え子)を追って自殺をはかった教師が、たまたま出会った少年から聞かされる事件の真相は?(受賞作「眠りの海」)
 年に短編一作、というかなりスローなペースがもたらしたのか、かなりの秀作ぞろい。このミス2000でベスト10入りしたのにも頷ける。どの短編も、なんだか悲しく、切ない。「瑠璃」という作品などは、一瞬果たしてこれはミステリなんだろうか、と首をかしげたりもしたが、実は「女か虎か」のような結末(真相?)想像型のミステリなのではないか、ということに後で思い当たり、ものすごく感心してしまった。
 一編一編、しっとりとして上品な、それでいてしっかり自己主張している作品だったが、この独特の雰囲気で書かれた長編も読んでみたいトコロ。今後のご活躍を楽しみにしてます。
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栗本薫「グインサーガ69 修羅」
 ゴーラ王即位後間もなく、イシュトヴァーンはノスフェラス戦役の際にモンゴールへの反逆を働いた咎で告発され、トーラスに呼び戻される。極秘に開かれた審問の席で裁かれようとするイシュトヴァーン。
 カメロンは、彼を救うべく必死の弁護を試みる!
 この巻の見どころはなんといっても、まさかグインの世界観でこんな話が見られるとは思わなかったわ(^^;)な、法廷闘争シーンでしょう。相手の証言の矛盾や隙を容赦なく抉り出し、イシュトの無実を証明しようとするカメロン氏の弁論は、まさにペリイ・メイスンもかくや!というところ。栗本氏の芸達者さをしみじみ感じます。ですがまあ、イシュトの行く末は相変わらず不安定そうなままで、ますます怪しい道に踏み込んでいっているようで、とても気になります。あと30作で、本当に決着つくんでしょうか(笑)
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若竹七海「ヴィラ・マグノリアの殺人」
 海を臨む瀟洒な十棟の邸宅「ヴィラ・葉崎マグノリア」。ある日、その一棟、密室状況の空き家で死体が発見される。顔と手が潰され、身元確定は困難。葉崎署の駒持警部と一ッ橋巡査部長が捜査に乗り出すが、一癖も二癖もあるヴィラの住人達相手に、捜査は難航。一方、住人達の間にもこの事件をきっかけに様々な波紋が起こり、ついには第二の殺人事件まで・・・
 若竹七海さんの作品は、実は短編を一つ(「サンタクロースのせいにしよう」)しか読んだことがないが、その時にも、大技ではないが「サンタクロース」という素材をうまく使った(?)トリック、嫌味のない生き生きしたキャラクター造形に、なんだか微笑ましい雰囲気のストーリーラインを、美味しいお菓子をゆっくり頬ばるように楽しんだものだった。今回の長編も、同じような特徴を持ち合わせており、悪く言えば予定調和を期待しているとか思われそうだが、安心して読める佳作だった。若竹さんはこの作品を、和製正統派コージー・ミステリとして書かれたようだが、その試みは見事に成功していると言っていいと思う。どうしても日本のミステリというのは、小説としての出来や作品世界の個性や人物造形を足蹴にして、大がかりなトリックや真相のショッキングさ、見かけの派手さばかりが(これはこれで価値あることではあるし自分も大好きなのだけれども)評価されがちだが、そんな中で若竹さんのストーリー性重視のしっかりした作風は、独特の位置にあるのではないだろうか、と素人考えながら強く感じた。自分は個人的に、駒持警部の傍若無人なキャラクターが今回一番のお気に 入りで、ガサツなくせに妙に風格があって、好きです。
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倉阪鬼一郎「田舎の事件」
 田舎、田舎、田舎――いくら時代が進んでも、発展の波に取り残され、そのレッテルを貼りつけられたまま鄙びて寂れて忘れ去られても、そこに住む人いる限り、必ず何かの事件は起きる。この短編集は、そうした「日本の田舎」を舞台に、閉鎖された空間、田舎だからこそ濃密な色彩を放つ人間模様とそこに起こる某かの事件を毒々しく(笑)描いた作品が集められている。
 もう、何が凄いといったって、この短編集に出てくる田舎は田舎の度合いにも地方事情も様々だが、それぞれに「あるあるある!」と叫ばずにいられないほど、「田舎」という場所における世論(笑)の動き、人間心理の襞(笑)を見事にえぐり出していることだ。先述のように、田舎といっても高校野球に燃える地方都市から、絶海の孤島よりもまだ過疎化しているかも(笑)と思えるような超ド田舎まで、様々な舞台が用いられているが、そこに生活する人々のリアリティはただごとではない。それは、今現在も田舎者で昔はド田舎者だった(笑)私が保証します(笑)。そして本当に扱われているモチーフも種々多様なのだけれど、全編共通しているのは、日本に昔からあった「地域」「村落」といった共同体が持つ、閉鎖性排他性、そこから生まれる歪みひずみを見事に抉り出して、徹底的に笑いのめしていることだろうか。古き良き時代?純朴な田舎?馬鹿をおっしゃい、田舎が本当は一番コワイんだよ。だからこそ、横溝正史の諸作はあれだけ迫力があったんでしょう、そう思います。そんなコリクツはさておき、本当に隅から隅までいろいろな笑いが 楽しめる、贅沢な作りの本であるのは確か。
 ちなみに自分が好きなのは、いくつかあるのだが、ウケた理由をくっつけて簡単に紹介しておく。
「無上庵崩壊」・・・話そのものはよくわかんなかったような感じだが、「本物の蕎麦」というモチーフに惚れました。このあたりは、以前うちの掲示板で清水さんと話題になりましたね。
「恐怖の二重弁当」・・・地元校の甲子園出場に燃えるその有り様は、まさにリアル。あるある!って感じです。
「頭のなかの鐘」・・・有栖川氏はこれを倒叙ものの傑作として推していたが、私はサイコホラーの逸品として推したいです。だって、コワイんだもん(笑)
「文麗堂盛衰記」・・・下ネタっぽいといえばそうだけど、一番理屈抜きで大笑いできたのはコレでしょうか。今回はリアリティはあんまりないかもだけど。こういう古本屋も、行ってみたい気はします。
 その他、多数の短編が収録されているが、どれも絶品。
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有栖川有栖「46番目の密室」
 推理作家・有栖川有栖は友人であり英都大学犯罪学助教授の火村英生とともに、45の密室トリックを考案した本格ミステリの大家、真壁聖一の別荘に招待される。そこでは、日頃彼と親しくしている作家仲間・出版関係者が集められ、毎年クリスマスパーティが開かれていたのだ。ところが、彼らが集まった早々、人騒がせな悪戯が何者かによって仕掛けられ、そして主人の真壁までも、密室で殺害されてしまう。彼は果たして、彼自身の考案した46番目の密室トリックで殺されたのであろうか?「人を殺したいと思ったことがある」――時折そう口にする、闇を内包した犯罪学者火村の、華麗なフィールドワークが始まる。
 いわずと知れた、火村・有栖川コンビのシリーズ一作目である。これを目にすれば、何故火村氏が世の女性ミステリファンの心をくすぐってやまないのか、なんとなく納得が行く(笑)。この先シリーズキャラとして息を長くするための様々な性格づけが、この一冊に凝縮されているからだ。まあ、ファンがヤヲイに走りたがるのも、なんとなく無理はないような気もする(笑・・・これは無論、良い意味でですよ)。だが、無論ミステリ部分もストーリー部分もないがしろにはされていない。トリックに関しては、密室好きの癖に密室トリックに明るくないので(笑)独創性があるか否かの判断は出来ないが、自分としては面白かったと思う。そしてストーリー展開という部分では、派手ではないがかなり良いテンポで進んでいき、なかなかに引き込まれていくのを感じた。つまり、総合的に大満足(笑)であった。有栖川氏自身が後書きで、「密室をめぐる冒険小説」とこの作品のことを言っておられたが、納得。だからこそ、退屈させないストーリーに仕上がっているわけだ。実際、殺人事件そのものは話の中盤になってなってからじゃないとおこらないし、死体は一個だし(笑)一つ間違うととてつも なく冗長な(実際、苦手なんですよね・・・殺人一個の話でずるずる引っ張る長編て)話になりかねないのを、いろんな工夫で回避している。まあ、有栖川さんには、江神シリーズという傑作群があるので、それからみると多少薄味ではあるけれど、十分楽しめました。はい。
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P・D・ジェイムズ「黒い塔」
 スコットランドヤードの敏腕警視ダルグリッシュは、古くからの知人・ドーセットにある障害者用療養施設で働いているバドリイ神父からの手紙を受け取る。折入って相談にのってほしいことがある、と。だがしかし、ダルグリッシュが施設に到着すると、既に神父は急死を遂げていた。神父の相談ごとが一体何だったのか、気になるダルグリッシュは休暇を利用して調査を開始する。やがて、療養所内で患者の事故死・自殺が相次いでいることが判明し事件は深淵をのぞかせはじめる・・・。死が連なる暗欝な療養所をめぐる秘密とは?バドリイ神父が生前よく訪れたという不吉な「黒い塔」には何があったのか?ダルグリッシュはこれらの不可解な事件の真相を看破できるのか?
 P・D・ジェイムズを読むのは実は随分久しぶりで、しかもまだ2冊目だったりします(ちなみに1冊目は「女には向かない職業」)。そしてまた、ダルグリッシュ氏とは初対面。前から何人かP・D・ジェイムズを薦めてくれる人はいて、その人たちの言葉や世間での評価から、作品の質についてはいろいろ想像してはいたのですが・・・・その予想を裏切らず、まさに重厚。展開も人物造形も、舞台設定も、全てが濃い口です。それだけに、翻訳ものが実はそれほど得意ではない自分は、かなり根性が要りました。が、読み終えてみると、なんともずしっと手ごたえのある物語でした。そう、「本格ミステリ」といっても、奇想天外なトリックや突拍子もない解決があるわけではなく、謎があって殺人があって真相があって、それをめぐって様々な人間ドラマがある。まさにこれは、絶品の味わいを持つ「物語」であります。しかし、あまりに味が濃すぎて少々胃にもたれそうであったのも正直な感想ではありますが。
 それはともかく、死や絶望と向かいあって生きる人々が集う療養所や、謎をはらんで不吉に屹立する黒い塔など、舞台仕立ての雰囲気はかなり暗欝。読者をも人間の暗黒面渦巻く物語世界へいざなうのに十分です。そして、ダルグリッシュの誠実さ。誠実であるがゆえに、己の職務に無力感を感じて引退を考えたり、そしてまた復帰を決意したり。彼はまさしく、「人間自身」の象徴であるように思います。己の内の醜さや悪の部分を嫌悪し、現実に幻滅し、時に絶望しながらも、再び立ち上がって進んでいく――特別に強くもないけれども、だからこそそれを強さにして現実に立ち向かってゆく。そういう気高さを感じる主人公でありました。なんか、コリクツ書きまくってる割に、結論として何を書きたいのか流れが滅茶苦茶な気もしますが、ようするに、ずしっとくる名作であった、ということで。でも、この人の次の作品を手に取るには、少し間を空けたい気もします(^^;)あまりにも重すぎて。
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菊地秀行「魔戦記」
 住川グループの総帥である「私」と秘書の武田沙織は、ひょんなことから不思議な能力と魅力を備えた奇妙な社員・角鹿荒人と出会う。度々起こる危機を彼に救われ、そして彼の導きにより、前世からの宿命――アレキサンダー大王の転生である角鹿と共に、「アトランティスの知性」を手に入れるべく魔戦の真っただ中に身を投じるのだった!
 菊地さんの本は中高生の頃かなり読んでいたのだけれど、社会人になってからはとんと遠ざかっていました。ですが、この「魔戦記」三部作は未読だったのを、今回一冊に全三作がまとまった単行本が発売されてるのをみつけたので、懐かしくなって読んでみました。設定のおもしろさは、相変わらずです!アレキサンダーとその腹心達の転生が再び巡り会う、これだけならそれほどは目新しくもないのかもですが、「日本は世界のミニチュアである」というオカルト説を取り入れ、なおかつ歴史的古戦場と日本各地を重ねて旅してゆく、というのは、実に魅力的に感じました。しかしですね(^^;)ストーリーの方は・・・かなりの多作を繰り返されていた時期の作品だけに、かなり雑な印象があります。少なくとも、一連の魔界都市モノや吸血鬼ハンターD、トレジャーハンターシリーズなどを読んでいる身としては、菊地さんならもっともっと面白く出来るはずだ!というこころもちがするのです。そう、先ほど挙げた諸作を読んだときのような、血湧き肉躍る魔戦妖戦が!まあ、この単行本の後書きにも、菊地氏はこの作品について自分なりに不足を感じており、いつかちゃんとした形で完結させたい、 と記されていた。このキテレツな設定に魅入られてしまった私としては、是非実現してほしいところです!
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栗本薫「グインサーガ68・豹頭将軍の帰還」
 さらわれた皇女シルヴィアを奪還し、トーラスでオクタヴィアと合流したケイロニアの豹頭将軍グイン。彼は遂に皇帝アキレウスの待つサイロンに凱旋する。歓呼の嵐の中、アキレウスはグインにケイロニア大元帥及びケイロニア王の地位を与えることを高々と宣言した!一方、ゴーラ王となったイシュトヴァーンには、突然トーラスへの帰還命令が降るが・・・
 ここしばらく、怒濤の展開が続くグインサーガ。ついに今回は、グインが晴れてケイロニア王に!めでたいったらありゃしません。どうやらシルヴィアともめでたく結ばれてしまいそうだし(オレだったらあんな皇女と結婚なんざしたくないが・・・みんな同じか(笑))、ケイロニア方面ではめでたいことずくめ。しかし、イシュトヴァーンの方はこれからどうなるか、ますます暗雲が広がってゆく感じです。だもんで、この巻スゴイとこで終わってます(爆死)胃に穴が開きそうです。早く続きが読みたい〜〜〜!
 しかしこりゃ、書評じゃないな(笑)>私のこの文章
 
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 あんまり、「甘口」になってないかも?(^_^;)
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