BOOK ROOM  本の部屋・過去ログ
ショーシャンクの甘口書評(?)

2000年4月〜2000年10月に読んだ本


*目次
ジェフリー・ディーヴァー「悪魔の涙」
ジェフリー・ディーヴァー「コフィン・ダンサー」
栗本薫「グイン・サーガ75 大導師アグリッパ」
ベルンハルト・シュリンク「朗読者」
古処誠二「少年たちの密室」
古泉迦十「火蛾」
山田正紀「ナース」
エリック・ライト「神々がほほえむ夜」
高見広春「バトルロワイアル」
栗本薫「グイン・サーガ74 試練のルノリア」
沙藤一樹「Dブリッジ・テープ」
若竹七海「サンタクロースのせいにしよう」
上遠野浩平「ブギーポップ・オーヴァードライブ 歪曲王」
萩原朔太郎「猫町 他十七篇」
マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー「バルコニーの男」
怪獣VOWプロジェクト編「怪獣VOW」
はやみねかおる「少年名探偵 虹北恭助の冒険」 
栗本薫「グイン・サーガ73 地上最大の魔道師」
マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー「蒸発した男」
C・デイリー・キング「タラント氏の事件簿」
西澤保彦「依存」
黒田研二「ウェディング・ドレス」
エドワード・D・ホック「サム・ホーソーンの事件簿1」
ジェニファー・トス「モグラびと」
上遠野浩平「ブギーポップ・イン・ザ・ミラー 『パンドラ』
上遠野浩平「殺竜事件
古処誠二「UNKNOWN(アンノン)」
トマス・ハリス「ハンニバル」
法月綸太郎「一の悲劇」
奥泉光「葦と百合」
栗本薫「グインサーガ72 パロの苦悶」
西澤保彦「人格転移の殺人」
西澤保彦「黄金色の祈り」
西澤保彦「仔羊たちの聖夜」

過去ログ: 
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98年8月〜10月に読んだ本
98年11月〜99年3月に読んだ本
99年4月〜99年10月に読んだ本
99年11月〜00年3月に読んだ本
2000年11月〜2001年10月に読んだ本

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ジェフリー・ディーヴァー「悪魔の涙」
 世紀末の大晦日、ワシントンの地下鉄駅で乱射事件が発生した。そしてほどなく市長の元に届く、脅迫状。正午までに2000万ドルを支払わなければ、<ディガー>がという男が4時間ごとに無差別殺人を決行すると。市民の安全を守るため、身代金の支払いに応じる市長だが、主犯と目される男が交通事故で死亡してしまう。<ディガー>を止める手段は、この男しか知らないというのに――何とか<ディガー>の足取りを突き止め、惨劇を阻止しなければならないが、手がかりは手書きの脅迫状のみ。この切迫した状況を打開すべく、FBIは筆跡鑑定の第一人者、パーカー・キンケイドに出動を依頼する!
「ボーン・コレクター」以来めっきりディーヴァーにいかれている私、「コフィン・ダンサー」が出るのが待ち遠しくてじりじりしてる間に、この本が本屋に並んでました。リンカーン・ライムもゲスト出演するとなれば、これを買わない理由はない、ということで、即ゲットしたのでした。
 うーん、正直に言えば、たしかにパーカー・キンケイドとなかなか尻尾を見せない犯人との駆け引きは高度に知的で手に汗握るのだけど、やはり「ボーン・コレクター」での展開があまりに素晴らしかったので、それに比べるといささか見劣りがする、という気はします(それにしたって、世の凡作から比べれば相当のレベルにあるのは確かなんですが・・・読者は我が儘だからねえ)。けれども、圧倒的な筆力と人物造形の厚み、そしてテンポの良いストーリーに身を任せてどんどん読み進んでいると、最後にはやはり思いっきりごついどんでん返しをかまされます。そうして、後は「これでもか!」といわんばかりのラストに向けて、片時たりとも気を抜けずに読み切ってしまいました。いやあ、満腹。途中、やっぱり一人の作家さんの全部が傑作、だと期待して読んでしまってはいけないよなあ、なんて思ったりもしましたが、この作品もまぎれもない傑作でした!不満はまあ、リンカーン・ライムの出番が本当にちょこっとだけだったことくらいで(笑)。本当に、これからもディーヴァー氏から目が離せません!

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ジェフリー・ディーヴァー「コフィン・ダンサー」
 ある裁判の証人を狙って、棺桶の前で女と踊る死神の入れ墨をしたテロリスト、「ダンサー」が雇われたという情報が入る。その証人を守り、「ダンサー」の息の根を止めるために乗り出したのは、やはり我らがリンカーン・ライム。ライムさえ今まで度々出し抜かれてきた、恐るべき頭脳の暗殺者を、彼は今度こそ逮捕することが出来るのだろうか?
 待ってましたのリンカーン・ライム・シリーズの第二作。おまけに訳者後書きを見ると、どうやらこのシリーズは3作目もアメリカ本国で刊行され、またその後も書き続けていくことを著者ディーヴァーが宣言したという。もう、有り難くってよだれが出そうなお話です(笑)。
 それはさておき、本編の感想。やはり、「ボーン・コレクター」で見せた抜群のストーリーテリングの腕前は健在。「悪魔の涙」の感想で書いたことと若干だぶる部分もあるのですが、魅力的なキャラ、テンポの良い展開で、長い物語を一気に読ませてくれます。しかしながら、これも「悪魔の涙」感想と重なりますが、謎ときの快感、という点では、やはりいささか「ボーン・コレクター」よりは落ちます。というかこれは作者の力量の問題ではなく、「ボーン・コレクター」が犯人が投げかけてくる謎に対する、ライムの純粋に頭脳だけを(アメリアは手足になって使われてるけど)用いての闘争であったのに対し、今回はテロリストという実に活発に動き回る相手が敵なので、ライムの推理も勿論あるけれどそれよりも現場にいる人間達の行動の方に力点が置かれてしまうからでしょう。ですから、不満があったとしてもそれは個人的な好みの問題。で、今回は前作に比べるとたしかに「本格」風味はだいぶん薄れた(それでも、真の黒幕を暴き出すあたりはやはり本格推理の魂を感じるんですけどね)がその分、スケールの大きい見せ場も多く、パーシーの操縦する飛行機に爆弾がしかけられ、その爆 発を回避するために様々な大胆な手段を講じる様などは、心臓の弱いお客様はお断り(笑)というくらいエキサイティング。
 今回も、まさ傑作。しかしやはり個人的には、前作「ボーン・コレクター」のような純粋知性の闘いももう一度見たいな、と切望する次第でありますが(笑)。これで税込み2000円程度、ていうのは安い買い物ですな、はい。
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栗本薫「グイン・サーガ75 大導師アグリッパ」
 伝説の大魔道師アグリッパを探す旅に出たヴァレリウスは、ノスフェラスで「ドールに追われる男」イェライシャと出会い、彼の導きでいよいよアグリッパに対面することに成功する。あまりにも年月を生き、巨大なエネルギーを蓄えた大導師――その姿と存在は、ヴァレリウスの想像を超えたものだった。
 一方、ナリスの母ラーナ大公妃の心なき行動により、国王側に与せんとする動きを見せるジェニュアの町。彼等はひそかに脱出を計画するが、そのために、ヴァレリウスの不在中ナリス軍の参謀格を努めるヴァラキアのヨナは、大胆な行動に出る。
 いやいやいや、随分昔から「予定されていたタイトル」の一つであったこの巻「〜アグリッパ」ですが、それだけにメチャクチャ面白かったです。なんといってもやっと現れてくれたアグリッパ氏の姿形と言ったら・・・いやあ、そう来ましたか、という感じ(笑)。全然想像もしておりませんでした、ここまでスゴイとは。残すところ四分の一になったグインサーガ、もう75巻にもなって、普通の作家さんならそろそろマンネリに陥ってもおかしくないころだと思うのに、全然そんな気配もなく、これからももっと読者を驚かせてくれるだろうことを信じられる一冊でした。そしてパロの動乱もますます混迷の度を深めていくし、ますます先が気になります。
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ベルンハルト・シュリンク「朗読者」
 15歳の少年ミヒャエルは、ふとしたことで出会った21歳年上のハンナと体を重ね、恋に落ちる。何度も愛し合う傍らハンナは何故か、彼にいろいろな文学作品を朗読させた。幸せな日々はいつまでも続くかと思いきや、ハンナはある日突然姿を消す。そして10年の後、法学生となったミヒャエルとハンナは法廷で再会する。戦犯として裁かれるハンナは、彼女にかけられた容疑を覆すある一つの秘密を、どうしても口にしようとはしなかった……
 地味そうなレーベルの作品(失礼)なのに、なかなかに大売れのこの作品、思わず手に取ってみました。なんて切ない、なんて真摯な、だけどなんて救いのない恋愛物語。ラストではあまりのことにしばらく放心状態に陥ってしまいましたよ。だもんで、悲しいことこの上ない第二部以降より、第一部のミヒャエルとハンナの蜜月な日々の方が、自分は好きです。ミヒャエルが、もうどうしようもなくハンナを好きで好きでしょうがないことが、読んでいてこちらがニヤけてしまいそうになるほど、伝わってきます。こういう恋ってあるよね、と思わず微笑ましくなってしまいました。ありますよ、人間一生に一度は、こういう風にどろどろに溶けそうなほど人に恋してしまう時代が。恥ずかしながら、自分にもあったからねー(赤面しつつ(笑))。ですが、この短い期間の二人の愛し合う姿が幸せそうであればあるほど、後半の悲劇が突き刺さるほど哀れで痛々しくなってしまうのですが。本当にこれは、裏表紙に書いてある通り、「残酷な愛の物語」です。でもそこには、悲惨や無残や醜さや、その反対に真実も愛も幸福も、綺麗ごとを交えることなく、とても正直で純粋な姿で存在しているわけで。そ の世界の透明さが、こんなにも根暗な話なのに(笑)きっと多くの人をつかんで離さないんでしょうね。少なくとも自分はそう思います。
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古処誠二「少年たちの密室」
 夏休みの終りに、一人の少年が死んだ。その葬儀に向かう途中、突如起こった東海地震により倒壊したマンションの地下駐車場に閉じ込められた6人の高校生とその担任教師――彼らは奇しくも、死んだ少年をめぐって疑い、憎み、または信頼しあっていた。いつ救助が来るともわからない極限状態の中で交錯する、それぞれの感情。そして暗闇の中で、一人が瓦礫で頭を打たれて死亡する。それは果たして、事故か、殺人か、殺人だとすれば犯人は、そして方法は?やがてうかびあがる、少年の死をめぐる意外な真相とは……
「UNKNOWN」で高い評価を受けた古処氏の第二作。自分的には、この作品は前作をはるかに超えたと思っているのですが、みなさまいかがでしょうか。たしかに、舞台の特殊性、テーマの深さ、という意味では、前作の方がインパクトは強かったかもですが、今回は前作に比べると一見して地味で大人しい設定の話を、生き生きした人物の動き(あの限定された空間で、ここまでキャラを生き生きさせられるというのは、まさに至難の技だ!)と繊細かつ大胆な論理展開で、実にエキサイティングに読ませてくれました。しかもそこに、張り巡らされた伏線、意外な犯人、二重三重の驚愕の真相、とくれば、コレはもう傑作というしかないでしょう。もう、古処さんこれからもついていきますよ、と思わず言ってしまいそうになる作品でした。三作目も、きっと買うと思いますよ・・・。それにしても、メフィスト賞って森さんとか清涼院さんみたいに売れる人が出た後、しばらくキワモノ狙いの容疑を受けて(笑)なかなかブレイクする人がいなかった印象なんですけど、ここに来て、一気に賞の地位がぐんぐん上がってる感じがしますよね!
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古泉迦十「火蛾」
 イスラムの若き行者(スーフィー)アリーは、修業の新たな段階に入るため、師の指示により聖地メッカへと旅立つ。しかし、その途中で出会った聖者ラフマーンの導きで、姿を見せぬ導師ハラカーニーとその三人の弟子が住まう山に辿り着く。そこで次々殺されていく行者たち。この、アリーが語る物語に耳を傾ける作家ファリードは、何を思うのか。
 編集部大絶賛のメフィスト賞受賞作ですが、早速読んでみました。いや、個人的にもイスラム教は割と好きなので(笑)「スーフィー」とかいう言葉にも、妙にわくわくするものを感じてページを繰りました。
 いや、全体として格調高い、深いお話でした。本格と言いつつも、イスラム教に余程通じてなければ真相を推理するのは無理のようです。ですが、我々にとって馴染みの薄い、中東イスラム世界の歴史・地理・思想が丁寧に織り込まれた語り口は、実に鮮明に未知なる幻想的な物語世界へと読者をいざなってくれます。ですが、話が高尚すぎて、読んでいて勢いがなかなかつかない、というのも正直な感想でして・・・イスラムへの関心があるかどうかで、楽しめ具合も変わるんじゃないか、という感じはします。そういう意味では、メフィストでの選考座談会で引き合いに出されていた「鉄鼠の檻」や「薔薇の名前」からはワンランク落ちる気がします。両作とも、宗教・思想による殺人、という一歩間違えば読者がしらけてしまいかねない素材を読ませ、結末に説得力を持たせるために、それ相応のボリュームとエネルギーを割いています。「火蛾」の場合は、そのボリュームという点でかなり軽い分、いささか説得力が弱くなっているのではないでしょうか。ですが、変に説明を重ねて無理に説得力を持たせようとしても、それは物語全体のバランスから考えると非常にくどくなってしまったことでしょ うし、日本人に馴染みが薄い分難しい素材であるイスラム思想を、このように綺麗な形で本格ミステリとして書き上げた筆者の力量は、やはり非凡なものであると言わざるを得ないでしょう。お若いのに、羨ましいこってす。
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山田正紀「ナース」
 ジャンボ機が標高1000メートルを越す山中に墜落。日本赤十字の七人の看護婦たちが急遽現場に向かうが、そこで彼女たちが見たのは、創造を絶する地獄絵図――次々と襲いかかってくる死体やそのパーツたちだった。未知の怪物相手に総崩れになった自衛隊や医者や警察、男どもに代わって、看護婦達は敢然と生ける屍どもに立ち向かっていく!
 いや、なんか、正直に言うと、山田さんには珍しくやっつけ仕事してるな、という感じの作品でした(笑)でもそれは決して悪い意味ではなく、これはあちこちの書評サイトで言われてることだけど、肩の力が抜けてて、のびのびと書けてる感じがいたしますのです。というかとりあえず、こんなぶっとんだ設定で、リアリティだのなんだの言ってたら、読んでる方も書いてる方も面白くないでしょうし。ここは一つ、作者様と一緒に全身の力抜いて常識の枷をかなぐり捨てて、だーっと流されていくのが正しい楽しみ方でしょう。そう、古来スプラッターとはそのように楽しむものだと私は解釈しておりまして(笑)。で、まあ、最後がちとあっけないというのはあるけど、それなりに見せ場作ってくれるし。私も素直に楽しませていただきました。まあそりゃ、そもそもがこんな変な設定であるだけに、展開もご都合主義だし、看護婦という職業を妙に過大評価している感じは否めないですが、そこはそれ、先ほど申したように、考えないのがお約束、ってね(笑)。
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エリック・ライト「神々がほほえむ夜」
 学会のためモントリオールを訪れた大学教授が、ホテルで撲殺された。彼は殺される前に、知り合いに「神々が私にほほえんでいる」と語ったという。ひょんなことから事件に関わることになったトロント警察のソールター警部は、彼の周辺を洗ううちに事件の真相に思い当たる。
 そう、勘の良い方は、ストーリー紹介にやけに力が入ってないことがお分かりいただけるでしょう。いや、こんなこと言いたくないけど、ここ数年読んだうちで最も面白くない小説だったんですもの(笑)>コレ ブックオフで古本漁りをしていて見つけたこの作品、「神々が私にほほえんでいる」という魅力的なフレーズがどういう意味があるのか、あと、これってカナダで賞をとったミステリだってんで、運命の出会いを期待して手に取ったんですよね〜 いや、結果はご覧の通りで、予備知識なしに本を買うのはしばらくやめよう、と真剣に思いました。具体的に何が面白くないって、登場人物に実に魅力がない。みんな俗物で、そこそこに色惚けで、そこそこに金の亡者。で、そういうよく見分けがつかない人々とソールター警部が特にどうということのない会話を交わして物語が進んでいくもんだから、退屈で仕方がない。その退屈を堪え忍んで、「神々が……」云々の言葉の意味を求めて最後まで読むと、そこにはがっかりする解決。日本人は、気が短いので、地味な話が向かない、といいます。実際、私もその自覚が あるので、自分に向かないと思う話でも、いろんな魅力を探しながら読むように心がけています。でもねえ、ここまで全てがショボイと、これは俺が日本人だから、ってだけじゃ絶対にないぜ、と自分を慰めたくなってくるんですわ。誰か、これ読んで、私の感想が間違ってないかどうか、確かめてくれないかなあ・・・(苦笑)
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高見広春「バトルロワイアル」
 1997年、東洋の全体主義国家、大東亜共和国。この国では年に一度、全国の中学三年生50クラスを任意に選び、島、森、廃棄された刑務所などの閉鎖状況で生徒達に最後の一人になるまで殺し合いをさせるという殺人ゲーム、「国防上必要なシミュレーション」と称する「プログラム」を行っていた。香川県の城岩中学3年B組は、就学旅行の途中、政府にバスごと拉致され、瀬戸内海のとある島に連行される。そこで彼らは、坂持金発と名乗る男から、「プログラム」の開始を告げられるのだった。主人公・七原秋也は、何らかの形でゲームから逃れる術を探そうとするのだが――
 今更だけど、映画化もされることだし、話題の「問題作」、読んでみました。ですが全部読み終わってみると、「これがなんで問題作」?って感じ。そう、たしかに沢山中学生は死にますが、それ以外に「問題」にされそうなことは何もない。アクションあり、恋愛あり、友情あり、どんでん返しありの、極上のエンターティメントであるということで、某新人賞で審査員の先生方にボロカスにけなされて、「不愉快だ」とされていたのも、何がそんなに不愉快なのか、さっぱりわからない、って感じです。たしかに大勢人が死ぬ悲惨なシチュエイションの物語であるのはたしかだけど、作者が殊さらそれを茶化したり、人の死を玩具にしている様子はない。そういう極限状況の中で起こる人間関係を、前向きに、真摯に描いていて、しかも殺し合いをするクラスの全員をきちんと書き分けができていたりするし、そういう力量の方に自分としては感心したのですが。なんか、審査員の先生方の悪口は言いたかないけど、なんだかナンセンスな言い分だなあ、と思わざるを得ません。まあ、そういう部分を差っ引いてこの作品の評価を考えますと、これはみなさんおっしゃることですが、なんでそんなに中学生 が戦闘のプロなんだ、ということと、時々「おまえこいつのこと忘れてたやろ?(笑)」的に思い出したように殺される奴がいて笑えることを除けば、さっき書いたように極上の娯楽小説として、何も考えずに楽しめるパルプ・フィクションとして最高のものだと思います。映画、観にいこうかな。
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栗本薫「グイン・サーガ74 試練のルノリア」
 ヴァレリウスは、グラチウスからの提案を受け入れ、中原の運命を左右する大導師アグリッパ捜索の旅に出る。その途中、グールの巣くうルードの森で、意外な人物と出くわすのだった。一方、ジェニュアに本拠を移したナリスは、ナリスを反逆の徒として告発した国王軍に対抗するべく、熾烈な情報戦を展開するのだが……
 今回はナリス側には軍事的に大きな動きはあまりなし。というか、地道な「耐える戦い」を強いられるナリスの苛立ちが感じられます。この反乱勃発後、なんだか以前のような冷酷非情さが影をひそめ、結構自分の内面をよく吐露することが多かった彼ですが、今回、母であるラーナ大公妃との会見によって、彼もまた人の子であったこと、愛を欲しがる幼子であったことが嫌というほど描かれます。・・・ものすごく、痛々しいです。なんか、ナリスって実はアダルトチルドレンなんじゃないだろうか、と深刻に考え込んでしまいました。一方、大きな展開が見られるのはヴァレリウス側。いやもう、意外な「あの人」が出てくるわ、魔道師フェチ(笑)のあたくしにゃーウハウハな状況が続いておりますです。でもって75巻にはいよいよ大アグリッパも登場するようだし、これはもう目が離せません!
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沙藤一樹「Dブリッジ・テープ」
 ゴミで溢れた近未来の横浜ベイブリッジ――通称Dブリッジ。そこで発見された奇妙なテープには、そこで暮らしていたという少年の、おぞましく、そして哀しい生活が自ら語られていた……
 第4回日本ホラー大賞の短編賞受賞作。Dブリッジに文字通り「捨てられて」しまった少年の叫びは、本当に悲痛である。飢えて猫を殺して食うシーン等は、自分が猫好きであるだけに、余計に痛々しく感じた。あらゆるもの、人でさえゴミとして捨てられてしまうDブリッジは、「不足」そのものが「不足」し、あらゆるものの価値が薄らぎ、人の命の価値さえ極めて軽い、今の社会の姿の象徴のような気がする。そう、命まで含めた全てが「使い捨て」の世界なんて、なんておぞましい。その中で逞しく生き抜き、叫びつつ死んでゆくネンの姿は、人の魂までもは使い捨てには出来ないことを、訴えているような気もする。読んでいる間も、読んだ後も、鳩尾に重たいものを感じる一冊でした。
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若竹七海「サンタクロースのせいにしよう」
 一戸建ての家を二人で使い、料理さえ作れば家賃はタダ、という美味しい条件で、私・岡村柊子はお嬢様の松江銀子さんと同居することになった。しかし、引っ越し早々、幽霊は出るわ、ゴミ捨て場で死体騒動は起こるわ、何故かトラブルが続発する。ユニークな隣人たちが繰り広げる、時におかしく、時に切ない事件の数々。
 いや、若竹さんという人は、本当に連作短編が上手い人だなあ、ということを再認識させられた一冊でした。冒頭いきなり現れる、ばあ様の幽霊にまで、きちんと解決つけちゃうし。まあ、全体に仕掛けた伏線がきれいに繋がって最後でドン、というミステリファンが最も好みそうなパターンでこそないものの、まぎれもない、柊子と、銀子と、夏見と、竜郎の物語として、余韻の残る幕引きをしているあたり、流石だなあ、と思います。探偵役がそれぞれの短編で異なっていることも、なんとなく贅沢な感じで魅力。だけど数えてみると、夏見が探偵をやってる話が一番多かったりするので、やっぱり一番探偵の素質があるのは夏見さんなんでしょう(笑)。いや、自分も、夏見さんみたいなキャラ好きなもんで(笑)。こういう、ものをはっきり言う人って、憧れるのです。
 ちなみに短編としての完成度が一番高いのは、やっぱり表題作のような気がします。そして個人的に一番好きなのは、「犬の足跡」。全体になんだか切なくて、変に美談で終わらせずに、わからないことはわからないことでそのままにしてるところが、反対にストレートに涙腺をくすぐってくれる感じでした。
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上遠野浩平「ブギーポップ・オーヴァードライブ 歪曲王」
 一代で莫大な富を築き上げた人物が遺した、窓一つない異形の高層建築――ムーン・テンプル。バレンタイン・デーに行われるこの建物の観覧イベントの最中、人々の心に甘く囁きかける存在――歪曲王。人の心の歪みを、「黄金」に変わるまで導く、と言う歪曲王の作り出す世界に、誰もが皆捕らわれ、魅了されてゆく。だがしかし、歪曲王に弄ばれる人々の間を駆け抜けてゆく、黒い影があった。
 ――ブギーポップ。人の心に潜み棲むもの同士の闘いが、静かに幕を開ける。
 ブギーポップシリーズも4作読むと、そろそろ作者の得意技というか、常套手段というか、シリーズのパターンのようなものがそろそろ見えてくる(笑)。1作目「〜は笑わない」と3作目「〜パンドラ」のような、未知の生命体を相手に闘いを繰り広げるパターンと、2作目「VSイマジネーター」のように、人の心が生み出した人の心を操る存在との対決を描いたパターンだ。でもって、今回は後者の「イマジネーター」型エネミーのお話。でも、この話って一作目からずっと読んで登場人物の背景を把握しておかないとちょっとわけがわかんないですね。どうせ独立したエピソードとして読ませるのなら、その辺なんとかならなかったのかなあ(この作品から読む人には不親切極まりない)、と思わないこともないけれど、逆に最初から読んでいると、なかなかに感慨深いシーンがいろいろとあるのでした。そうやって考えると、ブギーポップって大河ドラマなのかもしらんですね。でも実際、数多い登場人物の胸の内が、その一作ごとにどんどん掘り下げられていっている感じもするので、やっぱり最初からずっと読んでいくべし、として構成されたシリーズなのだと思います。が、登場人物の数もか なり多くなってきてるので、このまま読み続けても、自分の記憶がついていかないかも知れないっす(^^;)ひょっとして、その辺の「記憶力」という意味でも、ヤングアダルト向けといえるのかも知れない>このシリーズ うーん、深い(笑)
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萩原朔太郎「猫町 他十七篇」
 東京から北越の温泉地にでかけた「私」は、ふとしたことから奇妙な雰囲気の見知らぬ街に迷い込む。その不思議な町並みに見とれて歩くうち、突然人間の姿をした猫の大集団が・・・。
 えー、普段のショーシャンクめの読書傾向からいきなりぶっとんで、何故にこのようなものを読んだのかといいますと、やはり猫好きのわたくしめとしましては、このタイトルとシチュエイションに思いっきり惹かれてしまうからであります。タイトルは前々から聞いたことがあって、だけどちゃんと読んだことがなかったのを、今回ちゃんと手に取ってみたのであります。でも、正直に言うと、自分が期待してたのとは少々違う感じのお話だったかなと。猫が出てくるのは、ほんの最後の方だし、話的には結構ホラーなんですもの(笑・・・なんか下世話な感想やな・・・)。でも、流石に詩人さんだけに、その緻密で堅実な文章の運びは、しっかり私を猫の精霊達が棲む妖美の街へと案内してくれたのでした。面白かったです、はい。あと、表題作「猫町」の他にも、短編小説や随筆、散文詩などがこの本には収録されていたのですが、こちらもなかなかに幻想的。作品が長い年月を経ているだけに、目新しい刺激のようなものは流石にないものの、アンティークの雑貨を眺めているような、趣深い味わいがあったのでした。いや、満足満足。
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マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー「バルコニーの男」
ストックホルム市内で発生する、幼女殺害事件と、辻強盗事件。全く無関係なこの二つの事件は、片方の事件の犯人がもう片方の事件の犯人を目撃しているかもしれない、という意外な接点で繋がりあうのだった。それぞれの事件を担当していたマルティン・ベックと、新入り刑事グンヴァルド・ラーソンは、懸命の捜査で犯人を追う。
 マルティン・ベック・シリーズの3作目は、日本でも起こった某幼女殺害事件を彷彿とさせるような、陰惨な事件がテーマとなります。が、やはりものが無差別殺人?だけに、自分がこのシリーズを愛している所以である「警察小説なのに、結構本格推理(笑)」という側面は、あんまり強くありません(皆無ではないけど)。ただその分、刑事達の人間関係はかなり描きこまれていて、特に今回初登場のラーソン刑事は、その傍若無人ぶりがなかなかに楽しいです(笑)。実は、このシリーズの後の作品を私はいくつか先に読んでしまってる(「笑う警官」とか)んですが、実はそのとき既にラーソン氏を気に入ってしまっていたので、その初登場エピソードを読むというのは、旧友のアルバムをのぞき見するような(笑)不思議で楽しい気分になりました。でも、ストーリー展開的には、今回のはどうもご都合主義が勝ち過ぎている気がして(ご都合主義でないフィクションなんてないんだから、それを否定する気はないんだけど)、ちょっと好きになれませんでした。さて、次に行こう(笑)
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怪獣VOWプロジェクト編「怪獣VOW
 こんなもん読書感想の部屋にのせるようなもんかい、というツッコミが飛んできそうではありますが、一応面白かったから紹介を。「VOW」シリーズを見たことがある方はよくおわかりだと思うが、この本は怪獣映画の中にかいま見えるいろいろな間抜けなポイントをいろいろ取り上げて、笑いのめしているのです。しかし、返す返すも残念なのは、いろんな怪獣怪人ヒーローの名前が乱舞しているのに、写真の類がほとんど掲載されていないこと。だがこれは事情があるようで、写真を掲載しようとすれば無論その番組の製作会社から許可を貰わねばならず、しかし本の内容が内容(なんたって、馬鹿にしまくっているんですからね・・・)だけに、使用目的を言えないので許可を求めることを断念した、ということのようです(笑)。いや、世の中いろいろ難しいですね・・・。まあ、自分はみなさまご存じのようにオタッキーな野郎なので、大半の話題はその光景を一応想像しながら楽しむことができましたが。ただ、時々「そこまで言わなくても・・・」というか、あまりにナンセンスなツッコミが見受けられたのも確かで、なんか、特撮番組って子どもに夢を見せるもんなんだから、もう ちょっと素直な気持ちで観ようよ、と訴えたくなった。ちなみに一番楽しめたのは、「悪の組本気度」「ヒーローの職業の堅さ」ランキングでした。あと、レインボーマンのヤマトタケシの歌には、本気で涙しそうになりました・・・(笑)
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はやみねかおる「少年名探偵 虹北恭助の冒険」 
 不景気に喘ぎつつも、みんな元気に頑張る虹北商店街。そこで起こる様々な事件を、少年探偵・虹北恭助が解決する。
 日頃から、はやみねさんの作品の魅力はなんといっても読んでいて童心に帰れることだと思っているのですが、この短編集も例外ではありません。講談社の編集さんではないですが、これは是非恭助くんにはすぐ帰ってきてもらわなくては。この一冊で終わりというのはあまりに勿体無い。派手ではないけどしっかり個性的で、しかも身近な(これは最近流行の「日常の謎」と、奇想天外な不可能犯罪もののハーフのようなものだと思いますが、皆様いかが?)謎の数々は、トリックも解決もほほ笑ましくて魅力的。なんか後書きを読むと、はやみね先生自身は事件の本筋以外のところに書きたい力点があったようですが(笑)、それでも本筋もしっかりツボをおさえているところは流石です。なんかべた褒めになってますけど、好きなものは好きじゃあ!というのが私のモットーですのでご容赦を。ちなみに、一番好きな作品は「透明人間」であります。幻想的ムードあふれる謎に、トリックも美しく着地を決めていて、なおかつ真相も切ない。本格のお手本のような話だと自分的には思います、はい。
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栗本薫「グイン・サーガ73 地上最大の魔道師」
 ナリスの声に応えてアルカンドロス広場に集まったクリスタル市民に襲いかかったのは、ヤンダル・ゾッグ麾下の竜頭人身の騎士たちであった。予想以上に深く及んでいた竜王の魔の手に戦慄するナリスたち。一方、獄中のヴァレリウスには、意外な人物から、パロそして世界の命運を左右する提案が持ちかけられる……
 今回のタイトルを見て思ったのはまず、「地上最大の魔道師」って誰?ということ(笑)どうやら、同様の感想を抱かれた方が多数いらっしゃるようです(^^;)思うことは皆同じ。実際、それが誰のことを指すのかは、解釈はいかようにでも出来そうな感じなんですが。しかし最近のグイン、実に魔道の色が濃くなってきました。これまで、魔道そのものがストーリー上全面に出ることは少なかったのですが、ここ1年ほどは実に魔道師キャラたちが生き生きと立ち回っています。無論、RPGのキャラではでは魔法使いが大好きな(笑)ショーシャンクにとっては、実に涎の出る展開であります。でも・・・こうしてヤンダルとの戦いがヒートアップしていくほどに、やはり絶対に100巻では終わらなそうだなあと(笑)思わず苦笑いをしてしまうのでした。200巻でも300巻でもついていくぞ、というファンの方もいらっしゃるそうですが自分は個人的に、100巻の方がまとまりがいい数なので(そんな理由かい)、100でまとめていただきたいのですが……どうやら諦めた方が良さそうです(笑)
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マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー「蒸発した男」
 ルポライターのマトソンは、取材で訪れたハンガリーで突然消息を絶った。スウェーデン・ハンガリー両国の関係にひびが入りかねないこの事件の捜査を任されたのは、休暇から呼び戻されたストックホルム警察のマルティン・ベック警視。彼はブダペストにマトソンの足跡を探すが、早々に捜査は壁に突き当たる。果たしてベックは事件の真相を暴き、マトソンの消息を捜し当てることができるのか?
 スウェーデン製の警察ミステリとして息の長い人気を誇る、夫婦作家の手になる「マルティン・ベック」シリーズの2作目。何故突然そんなものを読み始めたかというと、某ミステリサイトの掲示板でこの」シリーズの話題で盛り上がっているのを見て、思わず全作(全10作です)読破してみたくなったのでした。過去に、「笑う警官」他3作ほどは読んでいたけど、そこで止まっていたので……。いや、久々に読むと、やはり素直に面白いです。なんといっても、ベックとその仲間達の会話や雰囲気が、実に楽しいし、無論ストーリーも動きがあって(それでも今回は比較的地味だったけど)引き込まれる。それだけでなく、このシリーズってリアルな警察小説っぽい雰囲気でありながら、きっちり本格ミステリの要素も入っているのです。実際、今回の失踪の謎も、実に意外などんでん返し。こんな贅沢なシリーズはそうそうありません。引き続き、読破目指して頑張ります、はい。
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C・デイリー・キング「タラント氏の事件簿」
 謎に心惹かれる紳士・タラント氏が友人のジェリーと共に遭遇する、8つの不可解な事件。密室状況から消えた古写本、幽霊の足音、首無し死体の謎……これらの謎をタラント氏はどう解くか。
「鉄路のオベリスト」「空のオベリスト」等で最近注目されているデイリー・キングの、怪奇・不可能趣味溢れる意欲的な連作短編集。
 いや、なんとも美味しい短編集でした。最終話以外全部不可能犯罪という、先日読んだ「サム・ホーソーンの事件簿」に続いて実にショーシャンク好みな内容。しかしながら、トリックという点では、いささか弱いような気もします。反対に雰囲気の部分では実に濃ゆく怪奇趣味で塗り込められていて、なかなかに引き込まれました。特に印象に残っているのは、「消えた竪琴」でしょうか。他の短編に比べて紙面が多く割かれていますが、それだけに力が入っているのを感じます。先ほどトリックについて不満のようなものを口にしましたが、この作品のトリックは心底感心しました。そして真相にしっかり怪奇な舞台仕立てと伏線をきちっとからめているあたり、芸の細かさを感じます。二番目に印象に残っているのは「『第四の拷問』」なんですが、これは「こんなんありか〜〜(^^;)」という実に意表をついた真相がどうしても忘れられません(笑)。ミステリとしてはどうかとは思うけど(笑)インパクトではピカイチ。でも、最終話では、それまでの作品とはがらっと趣向が変わります。この結末を読んで、「カリブ諸島の手がかり」の最終話を思い出したのは私だけでしょうか。それまで、実は 探偵役のタラント氏にそんなにも魅力を感じていなかったのですが、この最終話での苦闘ぶりを見て、私は彼が好きになりました。彼が無事に長い試練から帰還されんことを……
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西澤保彦「依存」
 僕には、実の母親に殺された双子の兄がいたんだ――タックこと匠千暁が語る、衝撃の過去。タカチこと高瀬千帆、ボアン先輩こと辺見祐輔、ウサコこと羽迫由起子らと共に今、秘められた因縁と対峙する。待つのは、破滅か救済か。
 西澤氏のこの作品については、執筆の進行具合などがファンクラブのHPに掲載されている日記などで具に知ることが出来た。その様子から察するに、今までにない相当の難産で、今までにない重厚なテーマ性(今までの作品がテーマ性がないという意味ではないです(^^;)今までで最も重厚、ってこと)、今までにない長さ(笑)であるということで、発売をずっと心待ちにしていた。そして購入してみて、帯の惹句が「シリーズ最高傑作」とあるのを見て、文字通り胸を高鳴らせながら手に取った。その結果は――「最高傑作」の呼び名に嘘はなかった。いつもながらの西澤節、日常の些細な出来事をあっという間に魅力的な謎にしてしまう緻密なロジック、おなじみタックら四人組の楽しい個性、テンポのよい会話。そこに加えて、今回は匠千暁の隠された禁断の過去が明かされる――冒頭部からして、ドクリと全身の血液が沸き立つのを感じた。しかしながら、(こっから先はちと話の主題に関わることを書くので、予備知識なしで読みたい人は見ないで下さいm(_ _)m)物語の展開的には、嵐の予感がする冒頭部からいうと、かなり大人しい。いくつか出てくる謎も、全てが全て結末に具体的に関わってくるというわけではない。そのあたりから、どうも万民向けの作品ではないかなあと客観的に見て思うわけではあるのだけれど、これは西澤氏があのずしりと重い結末を存分に描くために用いた、通常の本格パズラーからは更にワンランク昇華された魂のパズラーではないかと愚考する次第なのであります。あんまり気の利いた表現とは自分でも思えないけど(笑)。あの直接は本筋に関係なさそうな事件とその謎解きは、全てタックたち四人の魂の形を浮かび上がらせるための伏線であるのだ。そして、この作品において四人の心の奥底をこのようにはっきりと描き出すことは、物語終盤に訪れるタックの全存在をかけた試練を乗り越えるために、そして仲間が再び手を取り合って歩み出すために、絶対に必要だったのである。こう思うと、この物語は書かれるべくして書かれたのだなあ、と奇妙な感慨にとらわれる。この後、匠千秋シリーズの長編は三つほど書かれる予定だそうであ るが、この後も目が離せない。
 それにしても、ボアン先輩かっこよかったなあ・・・(笑・・・タカチもだけど)。
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黒田研二「ウェディング・ドレス」

 ひょんなことから出会い、結婚を誓い合ったユウ君と祥子。だがしかし、結婚式の当日、二人は無残に引き裂かれる。そして「十三番目の生け贄」という凄絶なアダルトビデオに絡んで起こる、密室殺人の謎、失踪、裏切り?入り組んだ事件のジグゾーパズルは、果たして完成されるのか?
 F推理において「げろげろくろっぴ」(笑)というハンドルで活躍し、現在も「くろけん」さんとしてミステリサイト界の有名人である黒田研二氏が、メフィスト賞でデビュー!私が購入するに至った動機は、なによりくろけん氏を以前か存じ上げていたからですが、読了後、心底「買って良かった!」と思いました。いや、お世辞じゃなくて(笑)。この作品を読んで、「パズルとしてはよく出来ていたけど、中盤だるくて、ちょっとしんどかった」と仰る方もいますが、私は最初から最後まで楽しませてもらいました。どこまでが信実で、どこまでが裏切りなのか。果たして、本当の裏切り者は誰なのか。ストーリーが進めば進ほど大きくなる時間と空間の歪み、そこから生じる謎とサスペンスは、実に巧み。まあ、*ょじゅ*(苦しい伏せ字(^^;))トリックには簡単に気がついたのですが、その他の部分の真相は結構複雑に細かく入り組んでいて、だけどもそれがちゃあんと丁寧に伏線がひかれており、素直に驚嘆しながら読めました。大森望氏の推薦の言葉「体脂肪率ゼロの新本格」というのは嘘ではないなと思いました。本当、「ハサミ男」以降の最近のメフィスト賞は凄い!是非、第二弾を読ま せて下さい!>くろけんさん
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エドワード・D・ホック「サム・ホーソーンの事件簿1」
 ニュー・イングランドのとある田舎町、ノースモント。そこに若くして診断書を構えた、サム・ホーソーン医師は、図らずも本業以外に奇妙なものの専門家として名を上げることになった。密室殺人、人間消失、さまざまな不可能犯罪を解決する、名探偵として!有蓋橋に入ったきり消えた馬車、誰もいない選挙の投票ブースで死んだ保安官候補、誰も接近できない空中で絞め殺されたスタントマン、閉じられた箱の中で喉を切り裂かれた奇術師――十二の不可能犯罪に、サム先生が挑む。ちなみにオマケとしてホックの代表的短編「長い墜落」も収録した、お得感あふれる短編集。
 いや、これはもう、私のような不可能犯罪大好き(笑)人間にとっては、この上なく贅沢な逸品でございました。こんなにも様々な状況、様々なトリック、様々な真相が考えらつくなんて、ホックは凄い!と思いました。ですが流石に数が多くなってくると、いささかスジが読めてくると申しますか、モノが不可能犯罪だけにトリックの基本的なパターンには限りがあるので、ちょっと斜に構えて見れば似たような話ばっかり、と言えなくもないですが・・・ですが、自分の場合、基本は同じでもちょこっと状況や道具立てを変えるだけで、こんなにも沢山のトリックが考案できるのか、と目から鱗でした。これは一応ミステリを手慰みとはいえちょこちょこ書いたりしているショーシャンクにとっては、何か大きなヒントをいただいたような有り難い気分なのでありました。ホック氏の方には足向けて寝られません(どっちだよ(^^;)>ホック氏の方って)。
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ジェニファー・トス「モグラびと」
 世界随一の巨大都市ニューヨークは、その成長の過程で、高層化と同時に地下へも大木が根を張るように開発を広げてきた。そんな地下の世界に、地上から逃げ込んで暮らし始めた人々がいる。彼らは、独自のコミニュティを作り上げ、まるで地上世界と同じように、助け合って暮らしているという――そういう、我々の日ごろ想像もつかない不思議な世界に暮らす人々、ニューヨークの地下ホームレスの生活に肉薄したドキュメント。
 とにかく最初に手に取ったのは、地下に暮らす人々、というある種ファンタジックな素材に心惹かれたからだが、やはり彼らはホームレスであるだけに、生活実態は流石に痛々しい(^^;)しかしそれでも助け合って生きている彼らの姿は、人はどんな環境におかれても、しぶとく生き抜いていく力を持っている、という証明になっているように思う。特に、家族以上の絆で結ばれている数々のコミニュティのエピソードは、むしろ地上に住んでいる我々の方が人間性を欠いているのではないかと思えるほど、人情味と尊厳に溢れていた。著者のジェニファーは、そういう彼らを時に哀れに思い、時に恐れ、時に尊敬・感動しつつ、生身の人間として近づいてゆく。決して相手が(我々の)社会の落伍者であるという偏見は、そこには微塵も感じられない。そういう視点だからこそ、こんなにも地下に生きる彼らの生きざまを生々しく描写できたと思うのだが、後書き(?)を見ると、やはり彼らを地上に戻したがっている、常識的な人間のような印象を受けるのが、少し残念に感じた。別に彼ら自身が望んでそこで力強く生きていこうとしている(そうでなく、単なる人生からの逃避者である場合も無論あるけ ど)のだから、我々の世界の価値観に無理に合わせなくてもいいんじゃないだろうか、と少し悲しく思った。
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上遠野浩平「ブギーポップ・イン・ザ・ミラー 『パンドラ』」
 それぞれ、別な形で、不完全だが未来を知る能力を持った6人の若者。彼らのビジョンに、ブギーポップが現れたときから、運命は回り始めた。そして彼らが出会う、世界の命運を握る少女。彼女を守るため、6人の仲間は走る。
 今回は、ブギーポップシリーズと言いつつ、ほとんど不思議な力で結び合わされた6人の物語。ブギーポップそのものが好きな私的にはいささか不満ではありますが、登場の仕方は真打ちに相応しいものだったのでまあ、よしとしましょう。しかし、ストーリー的にはどうもぼやっとして、敵役もなんだか印象薄くて、面白かったのかどうか読んだ後わかんなくなってしまいました(笑)。ですが、それぞれに秘密や孤独を抱えながら、お互いを愛したり敬ったりする6人の姿は、本当に切なくて、泣きそうでした。そう、今回はやっぱり戦いのドラマやストーリーのワクワクを味わうよりは、彼らの不思議な友情をしみじみ感じるべきお話だったのだと思います。そう思えば、ブギーポップや統和機構の影が薄いのも仕方ないか(笑)
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上遠野浩平「殺竜事件」
 世界各地で紛争が続く異世界、戦地調停士のエドワースと友人のヒースロゥ少佐、リスカッセ大尉の3人は、とある紛争の調停に赴く。交渉を始めるにあたり、その地の支配者であり信仰の対象である「竜」に会見するため、その住処である洞窟に足を踏み入れた3人。だが、不死であるはずの「竜」は、あろうことか結界に包まれた密室状況の中、何者かによって刺殺されていた。エドワースらは「竜」を殺した犯人をつきとめるため、旅立つのだが――
 ブギーポップで売れっ子の、上遠野氏の意欲作であります。ミステリとファンタジイの融合という、滅多にない(今まで全然なかったわけではないけど)組み合わせのお話をどのように料理されているのか、大変楽しみにして読み始めました。「竜」が殺されていた、というショッキングな出だし&情況設定にはとても心ときめくものを感じましたが、3人の旅の様子は、それなりに面白いもののそんなにもは夢中になれませんでした・・・。だって、このあたりの話は完全に普通の、凡百のヒロイック・ファンタジーのパターンなんですもの(^^;少なくとも私は、そんなものを鬼才上遠野氏に求めてはいないのですわ(苦笑)。しかしながら、解決部分になって、一気にテンションが上がり、殺「竜」事件の謎が重厚に、論理的に、見事に明かされるに及んで、やはり上遠野氏はただ者でなかったのだな、と実感。伏線もきっちりと張り巡らされているし、ミステリとしても完成度の高いものでありました。
 しかししかし、全体的に見ると、どうもやっぱり人が上遠野さんであるだけに、いろいろ期待が大きかっただけに、やはり不満な部分も多いのでありまして・・・(苦笑)
 まず、文章が読み辛いっす。下手ではないのだけれど、妙にリズムに乗ってこない。ブギーポップでの彼の文章が、実にスマートで読みやすいだけに、「なんで?」と思わずにいられませんでした。これはやはり、我々の生きる現代を舞台にしたブギーポップシリーズと違い、今回は異世界モノであるのでかなり説明が多くなってしまったからではないだろうかと拝察するのですが・・・でも、今度はその割に妙に世界観が分かり辛い、という文句があります(笑)。まあ、ストーリーを味わうには特別支障はないのですが、金子一馬氏のイラストや剣と魔法の世界にも関わらず「大佐」とか「少尉」とかいう近代軍隊の階級が出てくるところとかから、かなり他のファンタジーとは毛色の違うアクの強い世界であることが察せられるのだが、どうも出てくるキャラたちや国や町に、生活感がない。だから、私の脳内イメージでの表現で言わせてもらうと、金子氏のイラストの書き割り背景の前で金子氏のイラストのキャラたちがしゃべくっているようにしか思えなかったんですよね・・・かなり失礼な言いぐさにはなってしまいますが、個人的に、ミステリとファンタジー双方のファンとしては、この辺を妥 協してほしくないので、つい言葉がきつくなってしまうのです。エドワースのキャラも、名探偵としてはイマイチ個性が薄いような気がするし。不満と喜び、半分半分の作品でした。
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古処誠二「UNKNOWN(アンノン)」
 自衛隊の基地内、侵入不可能なはずの部屋の中に仕掛けられた盗聴器。密室の謎に挑むのは、防諜のエキスパート、防衛部調査班の朝香二尉。鉄の扉に閉ざされた空間の中で起こった事件の真相は?盗聴器は一体、誰が、何故、どうやって?
 これも最近絶好調のメフィスト賞作品。前評判が相当に良かった作品なのですが、噂に違わぬ傑作でした。朝香二尉の上品でほんわかした、それでいてきりっとしめるところはしめる高潔なキャラは、とても好きですし、語り手の自衛官野上くんの心情も、若々しく理想に燃えたり失望したりと、実に親しみやすいし。で、結構中盤までは、調子良くライトにサクサク話が進む感じだったのですが、終盤、真相が明かされると、そのテーマの重みがぐっと鳩尾にくいこむ感じでした。本当、しっかりと隙のない本格・密室謎ときでありながら、このテーマ性、世界観の独自性は、乱歩賞ものです。
 早くも古処さんは大人気で、朝香二尉ものの第二弾も切望されているようですが、自分的には野上君もお気に入りなので、是非このコンビでもう一度・・・と言いたいところだが、舞台設定が特殊なだけに、流石にそれは無理かなあ、と思わず溜め息をつくのでした。
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トマス・ハリス「ハンニバル」 
 あのバッファロウ・ビル事件において、クラリス・スターリングが「人食い(カニバル)ハンニバル」ことハンニバル・レクター博士の協力を得て犯人を斃してから、7年後――彼女は、今や立派なFBIの捜査官として、第一線で活躍していた。が、ある麻薬取引の取り締まりの際、やむを得ず犯人グループの女性を射殺してしまったのをきっかけに、マスコミから、上層部からの非難を浴びることに。落胆した彼女のもとに届いた、流麗な筆跡の手紙は、なんとレクター博士からのものだった!一方、レクターに底知れぬ憎悪を滾らせる大富豪メイスン・ヴァージャーは、汚辱に満ちた復讐の罠を仕掛けつつあった!
 さんざん掲示板で「読んでて気分が乗らない」と書いた、この作品。読み終えて、時間をおけばもちっと冷静にいろんな美点とか分析できるかなと思いきや、思い出せば思い出すほど、不満と疑問がつのります(笑)。なんでこんなもんが傑作と世間で持て囃されるのか? 
 まあ、小説としてそんなにも致命的に面白くないとは申しませんが(いや、世の小説の中では面白い部類に入るとは思いますが)、少なくとも、新作が12年に一回のトマス・ハリス御大が干支が一周する(こんなこと言うのは日本人だけだろうが)だけの時間をかけて書き上げたものとしては、あまりにお粗末であります。あくまで個人的感想であることはお断りしておくとして。
 そもそも、前作「羊たちの沈黙」の持ち味とは、レクター博士の天才である所以とは何だったのか。レクター博士は、天才的・超人的犯罪者ではあるけれども獄中にあり、一歩も外に出ない状態で、全てを知り、全てを操る。そこにこそ、人食いハンニバル氏の怪物としての本領がある、と個人的には思っていました。そして、その偉大なる狂人と、傷ついた魂と戦士としての誇りを持ち合わせる気高いクラリスの、まるで異質とも思える二つの心が束の間触れ合う、そこに不可思議な切なさを感じたのが、「羊たちの沈黙」でありました。でありますから、クラリスの成長ぶりはともかくとして、レクター博士が日光の下をうろうろしているという時点で、私的には妙に彼の「怪物ぶり」が貶められたようで、いささか落胆していたのです。それでもまあ、序盤から中盤は、クラリスのピンチやレクターの優雅な天才ぶりに、じっくり読み入ってしまったのですが、終盤、クラリスに絡んでレクターが妙に人間っぽさを出してくるあたりから、げんなり。あんた、「怪物」じゃなかったんかい!そして宿敵メイスンとの対決でも、「怪物」の 本領は見られず。イマイチ乗れずに終わる。「もう一人の怪物」メイスンも、客観的に見るとただの馬鹿だし(^^;)。
 でもって、どうやら物議を醸しているらしい、あのラスト。なんじゃそりゃというのが正直な感想。いや、シチュエイションには迫力ありますけど、陳腐です。はっきり言って。見せ物小屋の領域(まあ、実際見せ物にしてるんだけど(^^;))。でもって、あの結末では、私の中で燦然と輝いていた存在だったはずのレクター博士も気高きクラリスも、共にドブの底くらいに貶められてしまったのでした。
 一応、寡作なハリス氏の作品はこれまで結構好きで、「レッド・ドラゴン」あたりからレクター博士も心の師と仰いでおりましたが(嘘)、もう、次の干支が一周するころに次回作が出ても、今回のように発売日に本屋に走ることはないでしょう・・・・
 ちなみに、これを「傑作」とおっしゃる方の意見も、後学のためには伺いたい気もします。
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法月綸太郎「一の悲劇」
 山倉史郎の息子・隆史の同級生、富沢茂が誘拐された。犯人は、どうやら隆史と茂を間違えて拉致したらしい。茂を救うため山倉は身代金の受け渡しを試みるが、失敗し、茂は死体になって発見される。鬼畜のごとき所業に怒りを燃やす山倉。やがて浮かび上がった人物には、なんと名探偵法月綸太郎と一緒にいたという鉄壁のアリバイが・・・。そして法月が明かす驚愕の真相とは。
 今まで、ちょこちょこと法月綸太郎氏の作品を読んだことがあったが、今まではどうも探偵法月が好きになれなかったり、文体に馴染めなかったりで、あまり好きになれなかったが、今回は素直に「面白い!」と思えた。前半、お世辞にも立派な人物とはいえない山倉氏の後ろ暗い苦悩があれやこれやと語られる部分は、どうも感情移入できなくてうざったかったが、中盤以降、法月の登場後は、かなり手に汗握る。いやあ、これが法月氏の本領なのね。やはり一部の作品を読んだだけでその作家をわかったつもりになってはいけないな、と反省する次第。終盤の二転三転する犯人像にも、唸らされました。しかししかし、ミステリとして、プロットやロジックは最高なのですが、法月以外の登場人物達の凡庸さ・魅力のなさは、やはり読んでいてしんどかったです。つまらない人間がつまらない会話を交わしているのなんて普通誰も読みたくないでしょう。まあ、これは些細なことで、全体的には十分面白かったので、別に殊さら気にもならないのですが。ふむ、これはやはり他の法月モノも本腰を入れて読んでみなければなりませんね!
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奥泉光「葦と百合」
 現代文明を捨て、自然との共生をめざしたコミューン運動「葦の会」。学生時代に活動に加わりながらも、心から同調することが出来ず、グループから去った医師・式根は、十五年ぶりに「葦の会」の集落に足を向ける。しかし、そこには荒廃した無人の入植地跡があるのみだった。理想社会を夢見てそこに残ったはずの友人・時宗は、式根を愛しながらも理想に身を捧げることを決意し、時宗と結ばれた翔子は、一体どこに消えたのか。ブナの森の奥深くで、果たして何が起こったのか。時を同じくして起こった謎の怪死事件は、事故か、それとも殺人か。土地の旧家・岩館家に残る呪われた伝説との関係は?謎を追い森の奥へと踏み込む式根は、希望と絶望、虚偽と真実、現実と幻想の狭間で何を見るのか。
 秋に東京に行ったときに迎撃していただいたメンバーの一人、友野健司さんから、強力に奥泉光さんの作品を読むことを進められて、帰高した直後にゲットしていた作品なのだが、やっと読了。なんとも不思議な物語でございました。ペダンティックで洒落た会話で幕を開ける冒頭、正統派本格ミステリな中盤、虚構と現実が入り乱れ、巨大な幻夢を作り上げる後半――物語世界への没頭度は話が進んでいくにつれて加速されていく感じで、結末部分ではもう甘やかな妖夢を見せてくれるドラッグでも吸ってしまったかのように、陶酔しておりました。ちょいとネタバレめきますが、合理的な謎とき、快刀乱麻な解決、などという本格ミステリに通常要求するような結末を自分もある程度期待して読んでいたのですが、見事に裏切られました。ですが、裏切り方が、というか物語の運び方があまりにも確信犯的に自然なので、全く裏切られたという自覚すらなくなってしまうという(笑)この辺もなんだか悪いドラッグ的な騙され方でした。が、無論こんな騙しなら大歓迎です。何故にこれほど、騙されたのも忘れるほど酔わされるかといえば、それはやはり緻密にして流麗な文体のせいでしょう。自分は読書 のとき、どちらかといえばついつい飛ばし読みしてしまう癖があるのですが(未読が多いので、なんだか気が焦るのですよね(^^;))、この作品については全然それが出来なかったです。ワンセンテンスごとに綺麗に練られ整えられているので、気がつくとじっくり味わってしまっているのですね。そのせいで、読むのにはやたら時間がかかりましたが、飛ばし読みでこの作品の美しさを味わえないよりは、これで良かったのだと思います。また、プロフィールの「チャレンジ中の作家」が一人増えました(笑)。 
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栗本薫「グインサーガ72 パロの苦悶」
 妻リンダ、そして謀略の心強い片腕であった魔道師ヴァレリウスが国王レムスの側に捕らえられるに至って、遂にアルド・ナリスは決起する。クリスタル市民らにレムスを操るヤンダル・ゾッグの陰謀を告げ、リギア、ルナン、ランズベール候リュイスらと共に挙兵したのだ!しかし、ヤンダル・ゾッグの魔手は、予想以上にナリスのすぐ側にまで接近しつつあったのだった!
 ここのところ風雲急を告げるパロ陰謀編、ようやくナリスが立ち上がります。相変わらず最後のページではすんごい気になるところで終わってるし、73巻が出るのが待ちきれません(笑)。それにしても、今回とても印象深かったのが、ナリスの人間性が赤裸々に現れているところ。今まで、目的のためなら人間を掌の上で好きなように操り、相手が傷つこうとも破滅しようとも省みることなかった――ように見えたナリス。しかし彼もまた、生まれながらの天才、全てに恵まれた帝王たるべき存在であるがゆえの孤独にさいなまれていることは、今までも本編及び外伝で垣間見えていましたが、今回、彼のヴァレリウスを案ずる気持ちの動きを見ていると、彼もまた一人の血も肉も備えた人であり、ヴァレリウスの己の魂を捧げきった忠誠に、少なからず心を動かされていたことがよくわかります。ナリスのクールな言動を見て、ヴァレリウスの忠義ぶりですら、この人の心には届かないのかなあ・・・?と少し寂しく思っていた自分には、なんだかナリスをより人間として近しく感じられるシーンでありました。そして、ヴァレリウスとリンダという心の支えを側から奪われたまま、己の内から湧き上が る恐怖に打ち勝ってヤンダルに立ち向かう姿も、彼がいくら強がっていても一個の人間として、恐怖や不安を感じる存在であることを感じさせてくれ、これまた感動的。全てに恵まれているが故に、様々な事を知り得、あまりにも巨大な敵に立ち向かうことを己のなすべきこととして課した彼。だがしかし中身はやはり生身の人間、だがしかし立ち上がり闘い続ける、その姿はいつにも増して誇り高く見えました。うーん、いつから私はこんなにもナリス贔屓になったんだろう(笑)。というか、この巻は、どうしてもナリス贔屓にならずにおれない、そういう巻であるような気がします(笑)。
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西澤保彦「人格転移の殺人」
 謎の知的生命体が建造したと思われる奇妙な施設「第二の都市(セカンド・シティ)」。そこに足を踏み入れた者は、意識・人格が他人の肉体に移り変わる「マスカレード」という現象に見舞われる。突然の大地震で地下に閉じ込められ、「第二の都市(セカンド・シティ)」に迷い込んだ6人の男女は、意識を取り戻したとき、人格は互いに他人の肉体の中に宿っていた!政府によって密室の中に閉じ込められた彼ら。その中で起こる殺人事件。次々と人格が入れ替わってゆく「マスカレード」の中、襲いかかる犯人。今目の前で襲いかかってくるのは、一体誰なのか!?
 SF的設定を超絶的な技巧でバリバリの本格パズラーとして成立させてしまう西澤氏。今回もそのテクニックはますます冴えてます。個性的な登場人物達、それらがいがみあう様、そして殺人。キャラクターの性格づけも実に鮮やかで、特異な舞台設定との相乗効果で、ストーリーを盛り上げます。そこに来て、あの意外な真犯人、驚愕の真相・・・とくれば、何も文句があろうはずもありません。気になる点があるとすれば、それは英語の「南部訛り」を大阪弁で表現しているのが、妙におかしくって(笑)アメリカ人をイメージするのが難しかったことくらいです(笑)。しかし、ここまで異常な状況下で剥き出しになる人間の悪意を描きながら、最後は人間に対する慈しみや救いが、暗雲のすき間から差し込む太陽の光のように差し込むところなど、西澤氏の優しさが滲み出ているようで、私は好きです。
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西澤保彦「黄金色の祈り」
 荒れ果てた廃校で発見された、天才ミュージシャンの死体。その傍らには、かつて盗難騒ぎが起こった級友のアルト・サックスが。彼の死の背景には、「僕」が中学校時代に彼と共にすごした、吹奏楽部での時間と深く関わっていた――
 この作品は、西澤保彦の自伝的小説だという前評判を、どこかで聞いた。もしそれが事実なら、西澤氏がこの作品を執筆することは、己自身の全てと向かい合い、同時にそれをさらけ出す、とんでもなく勇気のある行為だと言わざるをえない。物語は、中学校の吹奏楽部で起こったアルト・サックスの盗難騒ぎからの「僕」の人生を、飾ることなく、淡々と追いかけていく。とにかく、読んでいて切なかった。少年時代・青春時代の、幼稚で愚かしい心の陰。誰もが必ず身に覚えがあるけれども、出来ることなら目をそらしたくなるような、後ろ暗い部分。そういうものに真正面から向かい合い、時に苦く、時に甘い痛みを読み手に与えながら物語は進行していく。そして、あまりに重く残酷でしかも切ない真相。泣いてしまいましたよ、私は。いつものように、仰天動地の大トリックがあるわけでもなく、血湧き肉躍るロジックのアクロバットがあるわけでもない。ミステリの真相としては、割と地味でよくある部類のものであるのにも関わらず、ここまでミゾオチにぐぐっと来るというのは、この長い物語の全てがある意味伏線になっているから、ということもいえると思います。今の自分の中では、この 作品が西澤作品のベスト1になりました。
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西澤保彦「仔羊たちの聖夜」
 ボアン先輩、タック、タカチの三人が出会うきっかけになったクリスマスの居酒屋コンパの夜、コンビニの真上のマンションの屋上から、一人の女性が投身自殺を遂げた。そしてその一年後、彼女のものであるとおぼしき「プレゼント」の包みが見つかる。彼女の身元をたどるうち、その五年前にも同じビルから「プレゼント」を持って自殺した若者がいたことがわかり、事件は思わぬ方向へ――
 最近お気に入りの匠千暁シリーズですが、今回はタックやタカチたちの出会いが語られるというファンには見逃せないエピソードも含んで、「プレゼント」を傍らに飛び降りる、という奇妙な符合を持つ自殺事件の謎を追う――という、実に魅力的なシチュエイションのお話。西澤作品ではよく、ジェンダーの問題とか親子・家族の問題が実にダークな側面から描かれることがよくある、というのは西澤作品について何かを書いたり話したりするとき毎度言ってしまうことでありますが、今回の大きなテーマは「母と子」。親の心子知らず、というけれども、子の心も親は知らぬ、ということは意外と世間的に見落とされがちですよね。「善意」「愛情」の名のもとに、いかに子どもに理不尽なプレッシャーを与える親が多いことか。そのあたりのことを深く考えさせられる物語でありました(ひょっとしてネタバレスレスレかも?(^^;)このあたりの感想)。まあ、タカチは毎度、人が当たり前のことだと思っている人間関係の中にまぎれ込んでいる強者の身勝手、自己欺瞞を遠慮なく描いてくれますが、このあたり、告白してしまいますが自分も似たような環境に置かれていた時期があったので、非常に強 くシンパシーを感じてしまったりします。んで、タカチが喋るとこを読んでて知らず知らずに頷いたり、「言ったれ言ったれ!」と応援してたり(笑)。なんにしろ、地位とか立場とか体裁とかそんなくだんないものを全て打ち捨てて、一対一の「人間」として対話できれば、こんな悲劇はおこらないんだろうな、と愚考するものであります・・・っていけね、感想からちょっと逸脱しちゃった(笑)
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 あんまり、「甘口」になってないかも?(^_^;)                                  戻る