「名探偵 水乃紗杜瑠の大冒険」(二階堂黎人)


・作品紹介
 日本アンタレス旅行社の課長代理、水乃紗杜瑠28歳は、長身でハンサム、襟元まである柔らかい髪に、額に垂れ下がった長い前髪がかっこよく、モデルやトレンディ俳優にも負けない容姿を誇る。渋谷や原宿を歩いていて、芸能界に何度もスカウトされたことがあるという。が、その見かけとは裏腹に、彼はさまざまな物に対するオタクであり、大学時代は100以上ものサークルに所属していたという変わった経歴を持ち、おまけに会社は度々遅刻や無断欠勤するし、女性にもだらしない。おまけに、犯罪が起こるとすぐしゃしゃり出たがることから、警察の厄介になることもしばしば。このような理由から、会社および世間からは「変人」扱いされているが、その推理能力は間違いなく本物。彼に想いを寄せる女子社員・美並由加理をワトソン役に、さまざまな難事件を解決するのだった。
 二階堂黎人が創造した主な名探偵は二階堂蘭子とこの水乃サトルが双璧だと言えると思うが、蘭子シリーズがオカルッティックな設定とペダンティズムをふんだんに盛り込んだ重厚な作品が多いのに対して、サトルシリーズは軽妙酒脱、楽しいサトルのキャラクターとドタバタな展開、そしてユーモアたっぷりの名推理で読ませる。サトルが初登場したのは長編「軽井沢マジック」だが、これは別に安楽椅子ものではないし、シリーズ全体として安楽椅子探偵もののシリーズというわけではない。が、この短編集に収められている4編のうち、2編が安楽椅子探偵ものなので、この作者に対する依怙贔屓の気持ちももあって(笑)一冊まるごと紹介する。
・「ビールの家の冒険」・・・このページでも紹介している西澤保彦氏の「麦酒の家の冒険」を読んだ二階堂氏が、「こんな美味しいネタをこんなオチで終わらせるとはけしからん!」と息巻いて書いたという、いわくつきの作品。山中に迷い込んだ男たちが出会った、エビスビールが山のように積み上げられた家。いったい何のためにそんなことがなされたのか?サトルが男の証言の細かい一点から、ズバリ真相を見抜いている点が、印象的。ちなみに、西澤氏の作品とどちらが優れているかは、読者の判断にゆだねる(笑)だが、西澤氏の方は長編、こちらは短編であり最初から条件が違うので、あまり比較するのも野暮かもしれない。
・「ヘルマフロディトス」・・・大学生が女子高生を刺殺。抵抗を受けて大学生も死んでしまった・・・とみられる事件が起こる。彼の無実を信じる刑事が、サトルに相談を持ちかける。サトルは、女子高生が遺した日記から、意外な真犯人とトリックを見抜く。
 純粋な安楽椅子探偵ものといえるのは上記2編。しかし、3編目に収録されている「『本陣殺人事件』の殺人」も、事件そのものはサトルが巻き込まれて関係者にも会って捜査といえるものをやっているが、実は名作「本陣殺人事件」のトリックに別の解釈があった、というメタミステリ的な趣向などから、安楽椅子探偵っぽい雰囲気も漂っている(ちょっと強引かな?(^^;))

・作者について
 
二階堂黎人(にかいどう・れいと)・・・1959年7月19日東京生まれ。中央大学理工学部卒。在学中は「手塚治虫ファンクラブ」会長をつとめる。92年、第一回鮎川哲也賞で佳作入選後、二階堂蘭子ものの「地獄の奇術師」でデビューを果たす。その後、「聖アウスラ修道院の惨劇」「吸血の家」「悪霊の館」など濃厚かつアクティブな本格推理を発表し続け、98年には世界最大の推理小説となった「人狼城の恐怖」を完結させ、日本のミステリ界に一つの記念碑を打ち立てる。

・収録作品
 この本(1998年9月、実業之日本社より発売、2000年2月には徳間書店よりノベルズ版が発売)に収録されているのは、「作品紹介」のところで触れた3編のほか、宇宙人に殺されたとも思える奇妙な事件を解く「空より来たる怪物」がある。ちなみに、水乃紗杜瑠シリーズとして出版されているのは、この本と先述の「軽井沢マジック」「諏訪湖マジック」「猪苗代マジック」、そして彼の大学時代を扱った「奇跡島の不思議」「宇宙神の不思議」の6冊。


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