アシャンティの首 解決編
9 犯 人
妻崎篤郎は、行きつけのバー『ヘルシング』のカウンターで、一人静かにブラッディ・マリーを舐めていた。
彼の席の真正面、丁度目の高さのあたりの壁には、ドラキュラに扮したベラ・ルゴシが怪しい手つきで微笑むポスターが貼ってある。 妻崎は、彫刻刀で刻まれたかのごとき陰影がレトロな凄みを醸し出す、ルゴシの顔をただひたすら見つめていた。
からん、と店のドアにぶら下げたベルが音を立てる。
少しためらいがちにゆっくり足を踏み入れるその人物は、この一連の事件において時を同じくして産まれた姉妹を失った――
「遅かったね、季影」
三つ子の漫画家・鳥乃天羅の最後の一人。
シックな黒のパンツスーツに身を包み、髪をアップに結い上げたその姿は、あまり季影らしくない。
「そういう格好してると、なんか千影ちゃんみたいだな」
彼女は複雑そうな顔で、
「似合わない、わよね――やっぱり。姉さんたち二人とも死んじゃって、とりあえず、他にやる人がいないから、私、姉さんたちの葬儀の手配とか、仕事に穴が空くことのお詫びをあちこちにして回ってるんだけど……向かないことやってるものだから、もう我ながらぎこちなくって……」
言いながら、妻崎の隣の席に腰掛ける。
妻崎はからからと氷の入ったグラスを揺らしながら、
「いや。なかなか堂に入ってるって、みんな褒めてるよ。何人か、直接そっちに詳しい事情を訊ねる度胸のない編集者が、俺の方に電話してくるけど、あのか弱い季影と同一人物とは思えない、って」
「そう?それなら良かった。千影姉さんみたいにはいかないけど、お手本はいっぱい見せてもらってるから、何とかなりそう」
彼女は微笑むが、目の下にはくっきり隈が目立つ。彼女は肌が白いので、より黒く、より疲弊して、不吉そうに見える。
妻崎は大きく溜息をついて、
「『スタジオ・トリニティ』は続けるのか」
「正直、しんどいけど、やめる訳にはいかないと思う」
彼女は深呼吸して、頷いた。
「こんなことで、三人で作ってきた『鳥乃天羅』の世界を、なくすのは、もの凄く悔しいし――私がここでやめたら、姉さんたちはもの凄く怒ると思うから」
そして、ちらりと上目遣いに妻崎を見る。
「似合わないことしてるって、思う?」
妻崎はふっと笑って、
「いや。きみが、実は芯の強い女性だってことは、誰よりも俺がよく知ってるつもりだ。例の小説家デビューの件だって、俺に一言頼めばいくらでも編集者紹介してやったのに――結局、自分の実力でデビュー寸前まで漕ぎ着けちまった」
妻崎の言葉を聞く彼女の瞼は、ほんのわずかに痙攣している。
彼女は、ふっと腕時計に目をやって、
「ごめんなさい。来たばっかりでこんなことを言うのは、いけないと思うんだけど。まだ、これから行かなくちゃならないところが何件かあるの。篤郎さん、私に話って、何?」
「俺が逢いたいから、という理由じゃ、駄目なのか」
妻崎は、彼女のほっそりした顎にそっと触れる。
「きみが俺の知ってる季影なら、時と場合を選ばず俺の気持ちを優先させてくれるはずだけどな」
「私も、篤郎さんに会いたかった。このままずっと、ここにいて、篤郎さんに甘えてたい。だけど今は、駄目」
彼女は翳りのある笑みをうかべる。
「わかって、篤郎さん。ほんのこの間まで、私は二人の姉さんたちに甘えて、自分が本当に大切に思うものにだけ心を澄ませていれば良かった。だけど、今はもう、頼れる人なんて誰もいないの。全部、私一人でやらなきゃいけないのよ」
「きみ一人で、何もかもやれると思う?」
妻崎が、彼女の顔を下から覗き込む。
彼女は顔を少し赤らめつつ、
「やらないと。私は、ずっと姉さんたちの陰に隠れて、そんな風に頑張ったことなんてないけど。姉さんたちの妹なんだから、できない訳がない――そう思うことにしたの」
妻崎は鼻先で笑うと、
「やればできる、ってか。一見謙虚そうに見えるけど、それって実は、きみがいれば他の姉妹は最初から必要なかった、ってことになるんじゃないのかな」
「何てこと言うのよ、篤郎さん」
彼女は、不意に気色ばんで彼に向き直る。
「私が今、どんな気持ちでいるかわからないの?これまで一緒に生きてきて、仕事して、これからもずーっと一緒だって信じてきた、一緒にこの世に生まれてきた姉妹たちを、亡くしたんだよ?それなのに、大好きなあなたにまで、そんな風に言われたら、私一体どうしたらいいのかわかんない」
「違うとは、言わせない」
妻崎は目を閉じ、空になったグラスを祈るように額に当てながら言う。
「きみは最初から完璧だった。一卵性の三つ子として、その細胞の根源を同じくしてこの世に生を受けながらも、きみだけは最も色濃く天賦の才を抱いて、神に愛される遺伝子を受け継いで生まれてきた。他の二人は、きみにとってはきみのできることをより最大限に発揮するための道具にしか過ぎなかった」
「な……何言ってるのよ」
彼女は声を震わせながら目を伏せる。
「私……そんな風に篤郎さんに見られてたんだ……知らなかった。正直、ショックかな」
妻崎は、彼女の横顔をしばらくの間見つめ、それから小さく溜息をついた。
「いや、俺は季影のことをそんな風に思ったことは、一度もなかったよ」
「何よそれ。何言ってるのか、全然意味がわからない。だったら、どうしてそんなことを言うの」
妻崎は、大きく深呼吸し、それから数秒息を止めた後、
「もうやめないか、千影ちゃん」
五臓六腑の血液を全て吐き出すかのような勢いで、言った。
「きみは、俺を愛してくれているのは十分わかったから。もう、これ以上季影のふりなんてするのは止めてくれ」
彼女は――石のように凍りつき、刺すような視線を妻崎に向けた。
「今、なんて言ったの」
「きみは季影なんかじゃない、って言ったんだ」
妻崎は、グラスをカウンターのテーブルに叩きつけるように置いた。
「きみは、季影を殺し、美影ちゃんを殺し――季影の仮面を被って、この先の人生を生きていこうとしてる。何も知らない俺を捕まえたまま、たった一人の『鳥乃天羅』として、これまでの栄光を独り占めして、進んでいこうとしてる。そんなこと、俺がわからないとでも思ったのか」
「何、言うの……」
彼女は、また目を伏せる。
「私が千影姉さんを真似て、スタジオ・トリニティの代表を気取ってるから?一人で『鳥乃天羅』の名前を背負って、格好付けてるから?さっき言ったじゃない――似合わない、向かないことをしてる、って。本当はそんなの嫌で嫌で仕方ないけど、誰も代わってくれる人なんていないから、歯を食いしばってやってるのに――なのに、そんなこと言うの?あなたが知ってるいつもの私の顔と、ほんの少し違ってるからって、そんなこと言われなくちゃならないの?」
妻崎は、カウンターに寄りかかるように頭を垂れた。
そして、
「千影、愛してる」
聖者が悪魔に魂を売り払う瞬間に放つような、敗北と絶望に塗り込められた声で言う。
「やめてくれ。おまえは、季影のふりなんてしなくても、そのまんまで完璧で、世界中の男にだって愛される資格のある女だ。そのおまえが、俺と一緒にいるために、不本意な仮面を被ってそんなところに座ってるのなんて、見たくない。おまえの口から、本当のことを言ってくれ。おまえが――『鳥乃天羅』の最後に残った一人が、一体何者なのか」
彼女――蓮森千影は、ゆっくりと顔を上げた。
「何で今頃、そんなこと言うの。私、あなたを手に入れたくて、自分の姉妹を二人も殺したのよ。もう、私は蓮森千影じゃいられない。だって、私はあの寒々しい駅前のビルで、首を切られて死んでいるから。季影にばっかり優しくして、尽くして――私や美影になんて目もくれなかったくせに、そんな虫のいいこと言わないでよ」
そして震える両手で、白く凛々しく美しい相貌を、狂おしく覆った。
「それは、違いますよ、千影さん」
言いながら楠が立ち上がるのが、合図になった。
カウンターの裏、『ヘルシング』のマスターの足下に、客観的に見るとかなり間抜けな姿勢で隠れていた僕と江田も、一緒に彼らの前に姿を見せた。
楠は体がかなり小柄なので、何の不都合も不具合もなかったようだが、僕と江田は窮屈で呼吸困難に陥りかけているところであった。 そんな僕たちの苦境など全く意に介さぬ様子で、楠は続ける。
「妻崎さんは、季影さんと交際している間も、確かにあなたのことも美影さんも愛していました。この人は、『鳥乃天羅』という神秘な存在そのもの、全てに恋い焦がれていたのですから」
蓮森千影は、まるで怪物でも見るような目つきで楠と僕たちをねめつけていた。
「篤郎さん。私を、騙したの……?この人たちと、ぐるになって……」
彼の方を見ないままで訊く。
妻崎は体を起こして、
「今俺が喋ったのは、全部本心だよ。でも、俺が季影を選んだのは、別に複雑な事情があったからじゃない。ただ単に、俺に『好きだ』とはっきり口にしたのは彼女だけだった、ただそれだけなのさ。きみや美影ちゃんが季影に嫉妬するのは――はっきり言うが筋違いだ」
彼のくたびれた横顔は、いつしか涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「そんなシンプルな勇気もなかったくせに。季影を殺して入れ替わればいい、なんて――なんて安易な。俺はあんたを、軽蔑する」
「……自惚れないでよ」
千影は、相変わらず妻崎の方を見ない。
「別にあなたの心が欲しかったからって、それだけでなんて血を分けた妹たちをあんな無惨な姿で殺したりしないわ。あなたになんか、私の気持ちは――いいえ、私たち三姉妹の気持ちなんて、永遠にわからないわ」
そして、すくっと立ち上がり、江田の方に両手を差し出す。
「私――蓮森千影は、二人の妹、蓮森季影と蓮森美影を殺しました。もうすっかりバレちゃってるみたいだから、自首ってことには法律上ならないんでしょうけど――罪を認めて、法の裁きを受けます。どうぞ、私を逮捕してください」
江田は、何も言わずに頷く。
そして、カウンターを回って彼女の隣に立つと、黙って手錠を取り出し、その手にかけた。
千影は、妻崎と、楠と、江田を順番に見回して、
「罪は認めるけど、後悔はしていません。間違ったことなんて、したと思ってません。極刑にされるとしたって、そんなこと絶対に認めない。そうでないと、死んだ二人に申し訳が立たない」
「それは、僕たちが日頃食べてる牛や豚その他諸々の、動物性タンパク質に捧げる感謝と、よく似てますね」
楠は、哀れむように言う。
「感謝されようがされまいが、屠殺され食われる家畜には関係ない――ただ、死の恐怖は等価に突きつけられる」
「何とでも言ってよ。理解されようなんて思ってないから。むしろ、あなたごときにあっさり理解なんてされたら不愉快ね」
千影は、まるっきり鬼女か妖女のようなもの凄い笑みをうかべる。
江田は、無言のまま、彼女を抱え込むようにして店の外に連れ出した。
妻崎は、その後ろ姿を見つめながら、
「さよなら、季影」
と呟いた。
彼が愛していたのが、蓮森三姉妹の全員だという楠の洞察が正しいのだとしたら――彼は千影の中にも季影の面影や魂のひとかけらを見出すこともできるし――その逆も、また真だったのかもしれない。
こうして、三つ子の少女漫画家と奇妙な死体をめぐる無惨絵のような事件は、ひとまずの終幕を迎えたのだった――
終章 哀しき魔物
「さて……」
僕は咳払いをして、楠に向き直る。
「ぶっちゃけて言うが、何が何だか、僕にはさっぱりわからない。わかったのは、脅迫メール騒動から美影殺しに千影――いや、季影殺しか。その一連の事件の犯人が、蓮森季影に扮した千影だった、ということだけなんだが」
「難しく考えることなんてありませんよ、成河さん」
楠は涼しげな顔で言う。
「普通ミステリじゃ禁じ手の、双子の入れ替わりトリック。これが三つ子になってちょっとばかりややこしくなっただけです」
スタジオ・トリニティをめぐる殺人事件の、あまり後味が良いとはいえない幕切れの数日後――僕は例によって、楠の探偵事務所にいた。
あの事件のせいで、僕の原稿スケジュールは遅れに遅れたが――こういう事件に巻き込まれた特殊事情を編集者に納得させることに成功し、事件決着後に怒濤の勢いで作品を書き上げることによって、なんとか事なきを得たのであった。
そして、一仕事を終えて、ようやくいくばくかの自由な時間を確保して、今こうして楠の事務所にやって来たのであった。
楠が看破した事件の全貌は、おそらく江田警部には全て知らされている。しかしながら、結局のところ事件に直接の関係がない傍観者に過ぎない僕への説明は――これはいつものことだけれど――一番最後に回されるのであった。
「それに、その表現は正しくありません」
楠は、書類の角をとんとん叩いて揃えながら言う。
「千影さんが季影さんに化けていたのは、二番目の殺人以降で、それ以前に季影さんを演じていたのは、美影さんです」
「いや、今の僕の情報量でそんなことを判断しろと言われてもだな……」
僕は、もやもやした感情を持てあますあまり、もはや呂律が回らなくなりつつある。
「一応、僕も事件の関係者といえば関係者なわけだしさ。最初に話を持ってきた戸浜さんにも、一応ことの顛末を説明しないといけないしさ」
「わかりましたよ」
楠は、事務机から離れて僕の目の前、応接用ソファにすとんと腰を下ろした。
「最初から、順を追って説明しましょう。そう、この事件は、まさに『傷』に始まり『傷』に終わる事件だったと言えます。そもそもの始まりは二年前、三人で一人の全き人間として、この世に生をうけて以来ずっと一緒に生きてきた、蓮森三姉妹の関係にある『傷』もしくは『亀裂』が生じたことでした――」
「二年前といえば、妻崎さんが季影さんと付き合い始めたあたりか」
「そう。三姉妹が妻崎さんと出会い、おそらくは三人が三人とも、同時に恋に落ちた、だけれど、彼の心を射止めたのは、一番シンプルながらストレートな方法で彼に愛を告げた、季影さんでした。三人が同時に欲したものを、一人だけが手に入れる――おそらくは全ての利害を共有してきたであろう三人の関係に亀裂が入った、これが最初のケースだったんじゃないかと思いますね」
僕は最初の殺人の当夜、『ヘルシング』で妻崎が三姉妹を評して言った言葉を思い出していた。
(あの三人がそれぞれ全く異なる立ち居振る舞いや服装をしているのは、自分にそっくりな他の二人と一括りの存在として見られたくないからだ)
(彼女らは根っこの部分では全く一緒だよ。自信家で見栄っ張りで、だけど臆病で人見知りが激しくて。滅多なことじゃ本当に誰かに心を許したりしない。だけど少なくとも、人を愛することにかけては、実に一途で正直だ)
同じ愛し方、同じ形の魂を持つ三つ子の間に現れた、たった一人の愛しい男。
それを誰かが独り占めしたとすれば――当然、どんな親しい他人に裏切られたよりも、はるかに悔しく、憎しみを煽る行為であったろう。
「ですがこの件は、当面の間は三人の間でさしたるトラブルの種にはならなかった。たしかに妻崎さんが交際相手として選んだのは季影さんですが、彼は度々スタジオ・トリニティを訪れて千影さんとも美影さんとも親しくしたし、実際、妻崎さんは二人にも惹かれていたから、逆説的に『誰か一人のものは全員のもの』という観点に立てば、それなりに恋人同士だという気分を味わえないこともない。ですが、ここでなんとか覆い隠されていた傷が鮮血を噴き出して開いたのは、一年前、季影さんがスタジオ・トリニティからの独立を企てた時でした」
「それはつまり、季影さんが小説家デビューを計画して、才点堂出版の湯本勲とコンタクトを取り始めた時か」
「そのとおり」
楠は頷く。
「おそらく季影さんは――今の仕事と生活を続けていては、自分は永遠にスタジオ・トリニティから離れられず、それイコール二人の姉たちからも逃れられず、妻崎との幸福な家庭など望むべくもないことに気づいてしまった。だから、『鳥乃天羅』としてではなく、一人の小説家として独立する道を探そうとあがき始めたのです。でも、それはすぐに、千影さんたちに知られることになってしまった」
そこで不意に、僕の脳裏に一年前の事件についてのいくつかのキーワードがぼんやり浮かび上がった。
湯本、ストーカー、暴行事件。
「まさか、一年前に季影さんを夜道で襲った相手って」
「おそらく、千影さんか美影さんのどちらかでしょうね」
楠は苦々しげに言う。
「そして、三姉妹のリーダーが基本的に長女の千影であったことを考えれば、おそらくは指示したのが千影さんで実行犯が美影さん。季影さんは自分を襲った人物を『黒い服を着た背の高い人物』だと証言していましたが、性別はわからないと言っていました。一方、蓮森三姉妹は基本的に身長が女性としてはモデル並に高い。十分状況としては一致します。もしかすると、季影さんには自分を襲った相手が誰だったのか、はっきりわかっていたのかもしれない。だけれど姉たちの、直接深手を負わせるほどの憎しみに圧倒されてか、それとも単純に身内を告発することが憚られただけなのか――とにかく、季影さんはそれ以上犯人の追及は行わず、湯本との交流も一旦絶つことにしました。そこで一応、姉妹の関係は表面上また普段通りのものに戻る形となった。でも――季影さんの決意も、また固いものだったのです」
「そう、最近になって、また湯本と接触を始めたんだったね」
「そうです。そしておそらくは、今度こそどんな障害に遭おうと、絶対に小説家としてのデビューを飾り『鳥乃天羅』からの脱却を成功させようと心に決めていた」
楠は深呼吸する。
「だがしかし、それは同時に、千影さんと美影さんにとって、彼女への殺意と憎悪が形となって芽吹くきっかけとなってしまった。裏切り者の妹が、妻崎を連れて彼女たちのもとを去ろうとしている――それは、到底許すことのできない、二重の背信。二人は、計画を練ります。季影さんを抹殺し、同時に、その季影さんに成りかわることで、妻崎を自分たちのもとに繋ぎ止める――尊属殺中の尊属殺とでも言うべき、大罪に手を染めようとしていたのでした。そこで、あのメール――この一連の事件に『アシャンティ』が最初に登場する、あの脅迫状の登場です。季影さんは、メールの差出人が二人の姉であり、宛名こそ美影さんではあっても、悪意の矛先はまぎれもなく自分自身であることを察していた。だから、僕たちがスタジオ・トリニティを訪れた時、あれほど怯えていたのです。口では、美影さんを案じている風を装ってはいても、実は自身のみの危険をこそ最もリアルに感じていた」
「『アシャンティ』、ねえ」
僕は、腕組みして考える。
「千影さんと美影さんが季影さんに殺意を抱くに至った経緯はわかったけどさ。なんでそんな回りくどい方法を取る必要があるんだ」
「それは、最後まで聞けばわかりますよ」
楠は、説明に興がのってきたらしく、僕が話を遮ったことが不服そうだった。
「成河さんのために説明してるんですから、話の腰を折らないでください」
「ああ、ごめんごめん。ちゃんと聞くよ。聞きますから、続けて。お願いします」
「あの脅迫メールには、二重の意味がありました。アシャンティに見立てた殺しを、ストーカー化したマニアックなファンの仕業に見せかけるための伏線と、季影さんに恐怖を与えて遠回しにプレッシャーを与える意味、そして殺した季影さんを、美影さんに見せかけるためのフェイク――」
「いや、だからさ」
また楠を怒らせるのではないかと少しひやひやしつつ、また口を挟む。
「何のために、あんな変なアフリカの妖怪なんぞに見立てる必要があったんだ、って話だよ」
「あれ」
楠は、本気で驚いたらしくきょとんとする。
「成河さん、まだ気づいてなかったんですか」
「恥ずかしながら」
「えーと、まず、千影さんと美影さんが季影さんを殺して死体を美影さんに偽装し、美影と季影さんが成りかわる計画を立てたことは、わかりますよね?」
「それは、ここまでの説明でなんとなくわかった」
「でも、季影さんを殺した場合、司法解剖とかそういう検証を行うまでもなく、見た瞬間からそれが季影さんだと一目でわかる特徴があったじゃないですか」
「そんなもの、あったか?髪型だって全員ほとんど一緒だし、顔や体格は言うに及ばずだし、着てる服くらいでしか、判別する方法なんて……」
着てる服。
スタジオ・トリニティを最初に訪れた時の、三人の服装がフラッシュバックする。
季影が着ていたのは、ハイネックの白いノーズリーブニットと、ロングスカート。
彼女がハイネックの服を着たがる理由は――
「一年前の事件で斬りつけられた、首の傷痕か!」
「気づくのが遅過ぎです」
楠は冷たく言い放つ。
「で?その傷痕を隠すのに、最も有効な方法は何だと思います?ミステリ作家の成河さんには、お馴染みの方法のはずですが」
首筋の傷痕と、アシャンティの見立てに、どんな関係があるというのだろう。
まだいまひとつピンと来ない僕を見て、楠は大きく嘆息する。
「ここまで言わないとわかりませんか?木は森に隠せ、でしょ?」
「あ!」
やっと、僕の脳内で思考のピントがくっきりと定まった。だけれど、そんなことが――そんなことのためだけに、そんな大袈裟なことをやるなんて!
楠は、やれやれとでも言いたげな笑みをうかべつつ、
「そう。死体をアシャンティに見立てた理由は三段階。一つ目は、さっき言った、マニアの仕業に見せるため。二つ目は、首切断のもっともらしい見せかけの理由を作るため。そして三つ目――すなわち本当の首の切断理由は、その切り口をもってして季影さんの首の傷を隠すため。木は森に隠せ――この原則を『傷口』もしくは『切り口』に当てはめれば、小さな切り傷を隠すには、より大きな傷口をその上から付けるのが一番ではないですか」
「それが――最初の美影さん殺し――いやさ、季影さん殺しか――の時、きみが言った、わざわざ作業が難しい角度で首を切断してあった理由か!」
そう。
季影の首をその目的の意味に従って切断するには、どうしてもその傷口の角度に合わせて切断作業を行う必要がある――逆に、そうしなくては全く意味がない。
だから、二番目の美影――千影に偽装して――殺しの際には、普通にやりやすい方法で刃物を入れやすい箇所から切断が行われていたのだ。単に季影殺しと同じ犯人であると思わせるためだけの死体トリックだから、そんな細工は不要だったのである。
だが、人を殺して入れ替わるなど、科学捜査の進んだ現在、そんな風に簡単にいくものだろうか。
「いや、そうは言ってもさ。いくら季影さんを殺して存在を乗っ取ろうとしたからって、指紋調べたりDNA鑑定をやれば一発で見破られてしまうんじゃないか。十九世紀のロンドンとか黄金時代の本格ミステリの世界ならいざ知らず」
「ええ、そうですね」
楠は、人を馬鹿にしきったような笑顔で言う。
「で、その鑑定に使うサンプルは、どこから採取するんです?」
「そりゃあ――死体と、彼女たちの自室から、だろう」
「そうですね。全くそのとおりですよね」
楠はにやにや笑いを崩さない。
「ところで、三姉妹の自室について、どの部屋が誰のものでどういう使い方をしていたか、彼女たち自身の他に証言できる人がいたら教えていただきたいんですが」
「あ……」
思い出した。
自分たちのプライベートスペースに立ち入られることを極端に嫌う彼女たちは、アシスタントの二人は愚か家族に近いつきあいの妻崎に至るまで、誰も私室に招き入れたことはないのだ。
楠は頷く。
「そう、三姉妹本人たち以外に、彼女たちの持ち物や居住空間についてその明確な区分けを証言できる人間はいないのです。というか、そもそも彼女たちにそれぞれの私室があるのかどうかすらもわからない――まあ、今回の千影さんの逮捕で、さすがに家宅捜索が入るでしょうから、それもここまでかなという感じですが――だから、あの三人のうちで誰と誰が入れ替わろうが、どうとでも言い抜けられるのです。まあもっとも、DNA鑑定に限って言うなら、一卵性の三つ子である彼女たちのDNA特性は同じはずですから、それで入れ替わり成り替わりを証明することは不可能ですね」
僕は我知らず自分の口を押さえた。
そうだった。三つ子の彼女たちの個人を特定するのに、DNA鑑定は無意味だ。ミステリ作家らしからぬ迂闊な発言に、顔から火が出そうになる。
楠は肩をすくめて、
「それに加えて、千影さんは絵も描けて脚本も作れるし、美影さんも千影さんほどではないにしろ同じ仕事をすることは不可能ではない。原作担当の季影さんが欠けたところで、漫画家『鳥乃天羅』ならびに『スタジオ・トリニティ』としては、全く業務に支障はないんですよ――悲しいけれど」
「なるほど」
僕は、なんとなく脱力しそうになる。
どのように変装しようと入れ替わろうと、本人たち以外には決して見破れない。
そんな存在――少なくとも本格ミステリ的には――反則だ。
「この感じだと、アリバイの話なんかも言わずもがな、ってとこなんだろうね」
「必然的にそうなりますね」
楠は指先に黒髪の毛先を巻き付ける。
「たしかに、人を一人殺して首を切断――しかも手間のかかるやり方で――するなんて仕事は、短時間でできることではありません。でも、綿密に打ち合わせて衣服を素早く交換してアリバイ工作をすれば、美影さんか千影さんか、どちらかが長時間『すたーらーく』に全く姿を現していなかったとしても、それに気づかせないようにするのも、そう難しくない。もしくは、作業そのものを交代しながら行ったのかもしれないし、このあたりの話は詮索するだけ無意味です。どんな入れ替わりも可能、という前提ができた時点で、アリバイなんて何の意味もなくなってしまうのですから」
「うーん。なんて出鱈目な。ともかく、千影さんと美影さんが、共謀して季影さんを殺害し、美影さんが季影さんに成りかわったことはわかったよ。でも、その後、美影さんはどうして殺されたんだ?」
「これもまた、想像でしかないんですが。美影さんは、季影さんになることで、かりそめにとはいえ妻崎さんの恋人の座を手に入れました。多分、美影さんは妻崎さんを、季影さんとしてこのままずっと独占したくなったのだと思います。そこから、千影さんとの間に新たな亀裂が生じた。あるいは、最も嫌な憶測としては、千影さんが最初の計画段階から、口封じと恋敵を全滅させる意味で美影さんを葬るつもりだったという可能性も、捨てきれません。いみじくも『ヘルシング』で妻崎さんが言ったように、『スタジオ・トリニティ』は千影さんが一人いれば十分存続が可能なのですから」
千影さえいれば――誰も必要としない。
完璧であり、万能であり――無論それは、少女漫画家としての能力のみの話ではあるが――針の隙間ほどの欠損もない存在。
ありふれた言葉を使ってしまえば、彼女こそ世間で言うところの『天才』なのだろう。
凡人中の凡人ともいえる僕などから見れば、その才能が手に入るなら自分の寿命何十年分かとでも交換しても良いと思えるような、羨望を覚える人間のはずなのだが――何故だろう。
楠から聞く彼女の本当の姿は――妻崎が揺さぶりをかけて暴いた彼女の心の輪郭は、ひとく矮小で、惨めで――哀しく思えた。
楠は、小さく溜息をついて、遠い目で天井を見上げた。
「さっき僕は、脅迫メールにアシャンティというモチーフを使ったのは、あの死体トリックにストーカーの仕業だという説得力を与えるためだ、と説明しましたよね」
「ああ。そうだね」
「僕は、それにはこの事件を象徴する、彼女たちの心の声――季影さんに対する、脅迫なんかじゃなくてもっと逼迫して切実な、哀訴のようなものも含まれていたんじゃないかと思うんです――千影さんや美影さん自身にその自覚があったのかどうかはわからないけど」
「逼迫して、切実な――哀訴?」
およそ、あの自信に満ちあふれた姉妹からは想像できない言葉。
楠は、視線を中空に彷徨わせたまま、
「『我が投げかけし三つの問いに、
我が望まざる三つの答えを吐き捨てし汝、
蓮森美影なる名の女よ。
我が眷属の呪いが汝の体を引き裂かん。
汝の五体をばらばらに解体せし後に、
並び替え忌まわしき我が眷属の一員となす。
死して後も呪われ続けよ』
――これが、脅迫メールの文面でした。宛名こそ美影さんですが、このメールの中に含まれた脅しが季影さんに対して向けられていた――これも、さっき話しましたよね」
「うん」
「だから、つまりここにある『三つの問い』も、千影さんと美影さんが季影さんに対して向けた、心からの問いかけとして存在してたんじゃないかと思うんです」
楠は、わななくように深呼吸し、束の間沈黙する。
「どんな問い?」
僕がそっと促すと、楠は一言一言噛みしめるように、
「一つ目は、『小説家として独立するや否や』、
二つ目は、『妻崎篤郎を独占するや否や』、
――でしょうね。口にするとどうにも生々しいですけど」
「――最後の一つは?」
「『私たち姉妹をおいていくや否や』――ってところでしょうか」
楠は、寂しげに笑った。
「馬鹿な話です。いくら一卵性の三つ子だろうと、親だろうと、兄弟だろうと――最後には一人一人全く違う人間なのに。季影さんは、一人の人間として、女性として、そしてまたクリエイターとして、自分自身の足で歩き始めようとしていただけだったのに。同じ根源から分化して生まれ、各々が肉体も魂も自分自身の一部分だと信じて疑わなかった彼女たちは、その一部分が自我を得て自らの手で運命を切り拓こうとするのを、どうしても許せなかった」
「で、季影さんはその問い――というか訴えか――全てを拒絶した。つまり『我が望まざる三つの答えを吐き捨て』たが故に、『眷属の呪い』に『体を引き裂か』れた、ということか」
楠の頷きはいつになく重々しい。
「自分の姉妹が一個の人格を持った一人の人間であるということが理解できなかった千影さんにとっては、季影さんも、その後に自分に逆らった美影さんも、自分の体の中で暴れ出した異物――癌細胞のようにしかとらえられなかった。だから、病魔に冒された患部を取り除くみたいに、あんなにもあっさりと、自分の姉妹を手にかけてしまったんだ」
「そうすると『粛正』、ってことになるのかな――この殺人事件の動機を、一言で説明すれば」
「あるいは、そう表現するのが一番適切なのかもしれません。無論、妻崎さんを手に入れることも重要なことではあったのでしょうが」
ここでまた、楠は深呼吸する。
最初は、説明をねだる僕のために、仕方なく話している風だった楠だったが、今は吐き出さずにはおれないとでもいう風に、自らの心情を吐露している。それほどに、この事件の根底に横たわる蓮森三姉妹のつながりは、重く、そして暗い。
「でも、滑稽なのは、そうして自らの邪魔な一部分を切除して、愛する妻崎さんをも独占できる状態になった彼女なのに、結局彼と相対するのに季影さんの仮面を被ったまま、自分の素顔を晒すことができなかった。蓮森千影という一人の存在として、妻崎さんに向かい合うことができなかった」
(ああ、そうか――)
僕は、妙に納得していた。この事件、アシャンティに見立てて首を切断なんかして、入れ替わりトリックなんかを使っているが、冷静に考えれば彼女たちは本来そんなことをする必要はどこにもないのだ。
邪魔者である季影さえ取り除けば、もともと千影にも美影にも惹かれている妻崎のこと、堂々とアプローチすれば、十分勝ち目はあったはずである。
なのに、千影も、美影も、最初からそんな選択肢を除外していた――この「アシャンティ」に見立てた入れ替わりやアリバイ工作が極めて計画的であったことからも、そのことが窺える。
彼女たちは、妻崎を愛しこそすれ、どうしてもおのれの心をまっすぐに妻崎に伝えることができなかった――いや、むしろしたくなかったのか。
この状況のままで妻崎を手に入れるのなら、季影の存在を乗っ取るのが一番手っ取り早い。
常軌を逸しているし、物事の価値基準が最初から狂いまくっている気がするが――妄執に囚われた人間の倫理観や打算などは、もともとそんなものなのかもしれない。
楠は続ける。
「彼女は、自分が否定して抹消したはずの、季影さんの存在を借りなければ、自分自身の恋心すら満足に表現できない、不器用で憐れで歪な欠落だらけの人間であることを、自分自身で認めてしまっていたのです。季影さんや美影さん、同じ形で同じ魂を持って生まれた姉妹を、誰よりも必要としていたのは――彼女だったのです」
僕は――しばらくの間、口を開くことができなかった。
なんて皮肉な――そして、なんて孤独な。
自らが完璧な存在であると自惚れていた蓮森千影は、彼女の庇護下にあった不完全な存在であるところの妹たちを、不要なものとして殺した。だが、その代わりに、彼女自身は蓮森千影として生きることができなくなった。 単に、自業自得といえばそれまでだが――僕にはなんだか、そういう呪われた生を彼女に課すことが妹二人の静かなる復讐のようにも思われた。もっとも、その呪いは千影自身が罪を認めたことで、あっさりと解けることにはなったのだが。
「そういえば千影さん、逮捕される時に『理解されようなんて思ってない。むしろ、あっさり理解なんてされたら不愉快』だなんて、きみに言ってたな」
僕は我知らず呟いていた。
「きみはどうだかわからないけど――僕は、やっぱり彼女を理解できそうにないよ。なんて馬鹿げた動機で、なんて大袈裟な事件を起こしたんだろう、としか思えない。そんなことになる前に、できることはいくらでもあったろうにと」
「千影さんの言ったことは、ある意味において真理ですよ」
楠は、胸の内をすっかり吐き出してすっきりしたのか、穏やかな表情に戻っていた。
「人間同士がお互いの気持ちなんて、本当に理解し合える訳なんてないんですよ。まあ、超能力とか使える人ならともかく、人間の脳の中には数え切れないほどの本能と量りきれないほどの記憶が詰まってるんです。感情とか心なんて、それらが時と場合に応じてごったごちゃにまざりあって作りだす、指向性のある混沌に過ぎない。そんなものを理解し合おうとしたり理解したなんて錯覚するのは、ただの傲慢です。理解できなくて当たり前なんですよ」
「なら、どうすればいい」
僕は、極論とも言える楠の言い分に、軽い眩暈を覚える。
楠は、くすりと笑って、
「だから、探すしかないんじゃないですか――理解したければ。その泥濘の中で、手が汚れることを厭わず手探りで。全部晒していくしかないんじゃないですか――見つけて欲しければ。蓮森三姉妹の悲劇は、その本来理解し得ないものを、理解しようとする努力もなしに、お互いにわかっているつもりで生きてきたこと。だから、相手が自分の理解を超えた行動に出た時――適切な手順を踏まずに相手を否定することしかできなかった」
そこで楠は、大きく溜息をついた。
「本当に残念です。これでもう、鳥乃天羅の新作が読めないとなると――」
その発想の落差に、僕は思わずぶっと噴き出した。
「何を言い出すかと思えば。こんな深刻な事件の後に、よくそんなこと考えるな」
「何言ってるんですか。鳥乃天羅がミステリコミック界においてどんなに重要な位置を占めていたか、成河さんはご存じないんですか。はっきり言って、伏線の巧さや論理性にかけては、コミックであるにも関わらず、成河さんの作品よりずっとハイレベルでしたよ」
僕もさすがにむっとして、
「悪かったな、論理性がなくて」
「何を拗ねてるんですか」
楠も唇をとんがらせて、
「やっぱり、僕たちはお互いに理解しあえないようですね。千影さんの言ったことはやっぱり真理だ」
「なんでまた、そこで話を飛躍させるんだよ。わかったよ。今度ちゃんと、鳥乃天羅の作品読んでみるよ。俺に欠けているものを研究してみるよ」
ちょっとの間、沈黙が流れて。
その後、僕たちは同時に馬鹿笑いを始めた。
たしかに、人間は互いに本当の意味で解り合うことなんて、できっこないのかもしれない。
それでも、こんな風に一緒に大笑いすることぐらいは、できるのだ。
近所迷惑になりそうなほどよく響く笑い声の中で、僕はほんのちょっと空想した。
僕はアフリカの民話や民俗学に詳しくないので、アシャンティのことについて詳しくは知らないけれど。
もしかして、アシャンティが投げかける三つの問いというのは、彼自身の存在を相手が受け入れてくれるか否かの打診だったのではないだろうか。
想像力が及ばないので、具体例を綺麗に挙げることはできないけれど――例えば、この異形の姿を見て怖いと思うか、とか、こんな姿の自分でも友人になってくれるか、とか。
そして、相手がその問いに答えられなければ――理解を超えた姿の存在である彼を、受け入れる気持ちを示さなければ――その孤独と悲しみのあまり、アシャンティは相手をばらばらにしてしまうのだ。
妹たちが自分と異なる一人の人間であることを理解しようとせず、自分自身の心を彼女たちに理解させようともせず、結局殺してしまった憐れなアシャンティ――蓮森千影。
姉妹を自らの手にかけた罪を背負い、たった一人でこの世に残された彼女は、この先どんな風に生きていくのだろう。
何がどこにどうツボに入ったのか、自分たちにもよくわかってはいなかったが――
僕と楠は、まだ笑い続けている。
(完)