「邪馬台国はどこですか?」(鯨統一郎)
・作品紹介
カウンター席しかない地下一階のとあるバー「スリーバレー」にこのところやってくる、3人の常連客。歴史が専門の三谷教授と過激な性格のその助手静香、そしてどうやら在野の研究者であるらしい、宮田六郎。彼らの間では、「ブッダは悟りを開いていなかった」「邪馬台国の場所は大和でも九州でもない」――などなど、宮田が口にする爆弾発言をきっかけに、唐突に歴史検証バトルが始まるのだった!バーテンダーの松永は、仕事忘れずせっせと酒肴を作りつつ、彼らの歴史談議に手に汗握る。話についていこうと予習も欠かさない。本日はどんな怪論奇論がとびだすか・・・?
第3回創元推理短編賞で最終選考に選ばれた「邪馬台国はどこですか?」に、書き下ろしの5編を加えた、歴史推理短編集。「時の娘」以来、歴史推理と安楽椅子探偵は極めて相性のよい取り合わせであることは言うまでもないが、これまでは病床で暇を持て余した人物が資料を漁って推理する、という形式が主流だったのに対し、この作品では「黒後家蜘蛛の会」「三番館シリーズ」のごとく、バー(レストラン)に集まる個性的な客達とバーテンダー、という顔ぶれで話が展開する。ただし、探偵役はバーテンダーではないのだが。。。ネタがネタだけに、はっきりした決定的な解決がもたらされるわけではないので、こういっていいのかどうか戸惑うが、奇抜な仮説を新たな視点で打ち出す宮田六郎が、一応の「探偵役」である。そして、三谷教授と静香は、従来の定説を用いて宮田に反論し、読者にその論議についての基礎知識を紹介する(?)役どころとなる。そして各短編の最後では、宮田六郎がスパイスの効いた一言で他の面々や読者をケムに巻いておしまいとなる。最初は与太話にしか聞こえない宮田の奇説が、テンポよく覆されていく史実(資料)の従来の解釈によって、思わず唸る説得力
を持ってくるのが不思議である。また、そうした素材のおもしろさも勿論だが、それを盛り上げる宮田や静香たちの激論の様子も、軽快でリズム感あふれて楽しい。
そうしたさまざまな要素が、大作続きで胃にもたれていた(?)のミステリ界の中で好印象を与えたらしく、99年の「このミステリーがすごい!」ではベスト10入りを果たした。
・作者について
鯨統一郎(くじら・とういちろう)・・・国学院大学文学部国文学科卒。「邪馬台国はどこですか?」が第3回創元推理短編賞の最終選考に残る。その他、詳細は不明。次回作に期待。
・収録作品
出版は東京創元社。文庫での書き下ろしデビューという、変則的な形のデビュー作となった。
タイトルを列挙してみると、だいたいどういうネタで激論が巻きおこるか一目瞭然である。個人的には、織田信長と本能寺の変、明智光秀の意外な真相?を暴いた「謀反の動機はなんですか?」が特に印象的だった。
・「悟りを開いたのはいつですか?」
・「邪馬台国はどこですか?」
・「聖徳太子はだれですか?」
・「謀反の動機はなんですか?」
・「維新が起きたのはなぜですか?」
・「奇跡はどのようになされたのですか?」
どれをとっても、作者の歴史に対する博覧強記ぶりがよくわかる。