「風が吹いたら桶屋がもうかる」(井上夢人)


・作品紹介
 牛丼屋でアルバイトをしているシュンペイには、フリーターのヨーノスケと、パチプロをして収入を得ているイッカクという同居人がいた。だが実は、ヨーノスケはまだ開発途上ながら念動力、透視、霊界との交信など様々な種類の力を持つ超能力者であったのだ。もっとも、彼の能力はあまりにも未熟過ぎて、ほとんど実用性がないのだが。だがしかし、人の噂は恐ろしいもの、ヨーノスケの話を聞いた美女たちが、彼の力をあてにして様々な悩み事を相談にやってくる。人の良いヨーノスケは快く超能力を行使して彼女らの要請に応じるが、哀しいかな力が弱すぎて、効果が出るまで時間がかかり過ぎる。その間に、超能力をせせら笑うミステリマニアのイッカクが、彼女らの話を聞いて推理の構築を試みる――以上のようなパターンの作品で構成された、連作短編集。たいていの場合結末は、イッカクの推理で事件が無事解決かと思いきや、喜んで帰った彼女たちが後日にやってきて、その推理が誤りで真相は実に他愛ないものであったことを報告し、やっと超能力を発揮したヨーノスケがその事実を裏打ちする、という形になる。なので、イッカクはすこぶる真面目に推論を試みているにも関わらずピ エロの役回りとなるのだが、彼が最後に負け惜しみで言うように「論理に破綻はない」ので、ちょっと変わり種の安楽椅子探偵ものとして楽しめる。しかしながら、推理も結末もどちらかといえば堅実で、あっと驚かさせる種類ものではないので、トリックの意外性やどんでん返しを期待して読む方には期待外れかもしれないが、なんといってもそれぞれに事件を解決するには不完全なヨーノスケの超能力とイッカクの推理、そしてその間を取り持つシュンペイの三人の関係が実に生き生きしていて微笑ましく、実に魅力的である。

・作者について
井上夢人(いのうえ・ゆめひと)・・・1950年生まれ。徳山諄一氏と共同ペンネーム「岡嶋二人」での執筆活動を開始し、1982年「焦茶色のパステ ル」で第28回江戸川乱歩賞受賞。「チョコレートゲーム」で日本推理作家協会賞、「99%の誘拐」では吉川英治文学新人賞を受賞するなどの活躍を経て、1985年にコンビを解消、その後1992年に新たにペンネームを井上夢人と改め、「ダレカガナカニイル…」でソロおよび再デビュー。「パワーオフ」「オルファトグラム」など著書多数。最近はネットでの執筆活動にも積極的で、「99人の最終電車」を連載する他、E−NOVELSの中心メンバーとしても活躍中。

・収録作品
 このページ製作に用いたテキストは、集英社文庫版(2000年7月初版)。ハードカバーでの出版は1997年。収録作品は7本で、それぞれのタイトルは繋げると何故「風が吹いたら桶屋がもうかる」のかを説明する一つの文章となる。ちなみに、イッカクもヨーノスケも結果的には全く問題を解決していないにも関わらず(相談者にある種の手がかりを与えた、という意味では役には立ったのかもしれないが)、何故か依頼人たちは前の依頼人に紹介されてヨーノスケを頼ってくる。
 個人的お気に入りは、ヨーノスケを偽超能力者として告発しようとする女性がやってきて、箱の中身を透視せよと迫る「哀れな猫の大量虐殺」。珍しくヨーノスケの能力がいいタイミングで発動し、意外にして余韻を残すその結末も印象的。
・「風が吹いたらほこりが舞って」
・「目の見えぬ人ばかりふえたなら」
・「あんま志願が数千人」
・「品切れ三味線増産体制」
・「哀れな猫の大量虐殺」
・「ふえたネズミは風呂桶かじり」
・「とどのつまりは桶屋がもうかる」
 ちなみにこの中の「目の見えぬばかりふえたなら」は、「幻想ミッドナイト」というホラー・サスペンスドラマシリーズで映像化されている(タイトルは「風が吹いたら桶屋がもうかる」だった)。が、キャラクター設定などは若干変更されており、柏原崇演じるシュンペイが同時にイッカクの役どころも果たし、ヨーノスケは原作とは外見上の特徴が正反対の田口浩正が演じていた。しかも、もう一人の超能力者が現れたりと大胆な脚色もされていたが、それらは上手にまとめられており、映像化としては成功だったといえると思う。


トップページに戻る