「時の娘」(ジョセフィン・テイ)


・作品紹介
 強盗犯人追跡中にマンホールに落ちるというみっともない事故で、入院生活を送ることになったスコットランド・ヤードのグラント警部。毎日口うるさい看護婦の監視にうんざりし、暇つぶしに本を読むのにも飽きてきていた彼は、ある日手にした一幅の肖像画を見て、疑問を抱く。薔薇戦争の際、王位を奪うためにいたいけな王子を殺害し残虐非道の限りを尽くしたとして歴史に名を残す、リチャード三世。だがその肖像画に描かれたリチャード三世は、どこか遠くを見つめ、人の心を引きつける表情をしていた。これはあまりに良心的すぎた人間の顔だ――果たして、悪の代名詞とさえなったリチャード三世は、本当に悪虐な暴君だったのか?彼の素顔に興味を持った警部は、文献のみを手がかりに、歴史の真相を推理してゆく。
 歴史ミステリと安楽椅子探偵ものをドッキングさせたこの作品は、高木彬光の「成吉思汗の秘密」「邪馬台国の秘密」やコリン・デクスターの「オックスフォード運河の殺人」などに影響を与えており、また、病院のベッドで動けない探偵が極めて限られた情報から推理する「ベッド・ディティクティヴ」といえる形式のルーツともなった。
 現在のハヤカワ文庫の表紙は、渡辺浮美生氏が描いた宮殿のイラストだが、以前はグラントが見たものと同じリチャード三世の肖像画が使われていた。それを見た読者はきっと、グラントの疑問に同調し、彼と一緒に歴史の謎をひもとく知的冒険に引き込まれたことだろう。
 なお、タイトルの「時の娘」は、「真理」「真実」の意味を持っているようだ。  

・作者について
 ジョセフィン・テイ(Josephine Tey)・・・1896年スコットランド生まれ。1929年からゴードン・ダヴィオット名義で執筆していたが、1936年からはテイ名義で作品を発表。本名はエリザベス・マッキントッシュ。「時の娘」執筆の翌年、1952年にこの世を去った。「時の娘」以外の代表作には、同じグラント警部が活躍する「フランチャイズ事件」「美の秘密」がある。ミステリ以外にも、「ボルドーのリチャード」など史劇を書いている(「ボルドーのリチャード」のことは「時の娘」の中で少しだけ言及されている)。

・作品データ
 原題「The Daughter of Time」1951年
・ハヤカワ文庫版:小泉喜美子訳・1977年初版
・ハヤカワミステリ版:村崎俊郎訳(改訂版・小泉喜美子訳)

参考文献:早川書房編集部「ハヤカワミステリ総解説目録」「ミステリ・ハンドブック」ハヤカワ文庫「時の娘」


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