「遠きに目ありて」(天藤真)


・作品紹介
 成城署の真名部警部は、ふとしたことから、高校受験期くらいの歳になる脳性マヒの少年・岩井信一と知り合う。信一とその母・咲子の人柄に惹かれ、度々彼らの家に立ち寄るようになった警部。彼は、しばらく信一と付き合ううち、彼の並外れた聡明さに瞠目するようになる。オセロを教えれば、少しの間に腕を上げ、警部は連戦連敗する。そんなある日、自分が抱えていた難事件の話を語って聞かせると、信一はいくつかの質問の後、ずばりと真相を看破するのだった。
 創元推理文庫のこの作品には、「THE WHEELCHAIR DETECTIVE」と副題がついている。すなわち、「車椅子探偵」というわけだ。この短編集には全部で5編の推理譚が収録されているが、そのうち第一話と第五話は、自宅の車椅子にいながらにしてずばりと真相を言い当てる、純粋な意味での安楽椅子探偵ものになっている。第三話、第四話は、警部に連れられて現場を見に行っているのだが、飽くまで警部の話から推理したことを確認するためのことなので、これも安楽椅子ものといえるだろう。(第五話のみは、関係者のほとんどと信一自身が会っているので、ちょっと安楽椅子探偵とは違うかもしれない。) 
 このシリーズの魅力が、信一の澄んだ洞察力から導かれる推理にあるのは勿論だが、それともう一つ。真名部警部と咲子・信一親子の心の交流も、読んでいて心があたたまる。この魅力的な親子のキャラクターの原形は、天藤氏と懇意であった仁木悦子の「青じろい季節」に登場する、淡井貞子・勲親子であることが、作者自身があとがきで明かしている。

・作者について
 
天藤真(てんどう・しん)・・・1915(大正4)年8月8日、東京生まれ。昭和13年東京大学国文学科卒業。同盟通信記者となり、中国へ赴く。戦後、引き揚げて、千葉県で開拓農民としての生活に入るが、1962年「親友記」が雑誌「宝石」に掲載されて佳作入選したのを契期に推理小説を発表するようになる。同年、「陽気な容疑者たち」を江戸川乱歩賞に応募するが、次席にとどまる。その他の作品に、「殺しへの招待」「大誘拐」「善人たちの夜」などがある。1983年没。

・収録作品
 現在手に入るのは、創元推理文庫。 天藤真推理小説全集1「遠きに目ありて」である。
 収録作品は、
・「多すぎる証人」
・「宙を飛ぶ死」
・「出口のない街」
・「見えない白い手」
・「完全な不在」
 の5編。
 これらは、今はなき探偵小説雑誌「幻影城」に、1976年1月号から6月号にかけて連載された。その後、1981年に大和書房から単行本化されている。創元推理文庫にも収められている作者の「あとがき」は、このとき書かれたもの。


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