「隅の老人」シリーズ(バロネス・オルツィ)


・作品紹介
 女性記者・ポリー・バートンは、ノーフォーク街の「ABCショップ」で謎の老人と出会う。彼は、血の気もなく痩せ細り、薄くなった頭に淡い色の髪を撫でつけ、手にした紐をいつも結んだりほぐしたりしながらチーズケーキをほおばり、ミルクを啜っている。この奇妙な老人は、名前も経歴も一切語ろうとしないが、迷宮入りになった犯罪事件の話題になると、自分が推理によって看破した、それら難事件の真相を得意げに語るのだった。
「古典的安楽椅子探偵」として評価されるこの「隅の老人」シリーズだが、実は安楽椅子探偵ではないとする意見もある。この老人は検死法廷に顔を出したり、容疑者の写真を撮影したりと、かなり自分自身で捜査らしきものを行っており、その結果導き出された解決を、ポリーに語って聞かせるに過ぎないのである。この形式を新保博久氏は、特に「スミノロジー」と名付けて区別している。
 探偵とワトソン役が特定の場所で会話することによって物語が進み、最後に探偵の口から驚くべき真相が語られる、という点では、極めて安楽椅子探偵ものに近い形式ではあるのだが。
 ただし、代表作として挙げられる「ダブリン事件」では、事件がダブリンで起こったものだけに、検死審問にも行かず、新聞記事から得られる情報によってのみ推理を働かせているようなので、ここでの彼はまぎれもない「安楽椅子探偵」だといえるだろう。
 心情的には犯罪者を裁くより、称賛する方に向いている謎の老人であるが、最後にはあっと驚く結末が用意されている。しかし、その正体は結局謎のままであったが、どうやら彼自身が天才的犯罪者であるのは間違いないらしい。 

・作者について
 バロネス・オルツイ(Baroness Olczy)・・・1865年、ハンガリー貴族の娘として生まれる。父が音楽家であったことから、幼少時はワグナーやリストといった父と親交のある著名な音楽家達に囲まれて育った。1881年に入学したヘザリー美術学校で英国教会の牧師の息子モンタギュー・バーストウと出会い、1894年結婚。一子をもうける。1895年、夫と共に書いた挿絵入りの子どもの本「The  Enchanted  Cat」を処女出版する。1890年終わりごろから短編小説を大衆向け雑誌に掲載するようになり、1901年に「隅の老人」シリーズを開始。また、フランス革命を題材にした名作「紅はこべ」は、1902年に夫と共同で書き上げた。1967年没。

・作品リスト
 オルツイの著作の多くは歴史・冒険小説だが、「隅の老人」ものの本は3冊出版された。

 第一短編集「The Case of Miss Elliott」(1905年)
 第二短編集「The Old Man in the Corner」(1909年。代表作「ダブリン事件」収録)
 第三短編集「Unravelled Knots」(1925年)
 第一・第二短編集にはそれぞれに12編ずつ、第3短編集には13編の作品が収録されている。第三短編集はあまり一般に評価されておらず、そのためか日本でも訳されていない。
 日本では、創元推理文庫「隅の老人の事件簿」とハヤカワ文庫「隅の老人」として出版。 
  
〇「隅の老人の事件簿」(深町眞理子訳)東京創元社刊・1977年初版
 収録作品(括弧内は原題)
  1.「フェンチャーチ街の謎」(The Fenchurch Street Mystery)
  2.「地下鉄の怪事件」(The Mysterious Death of the Underground Railway)
  3.「ミス・エリオット事件」(The Case of Miss Elliott)
  4.「ダートムア・テラスの悲劇」(Tragedy in Dartmoor Terrace)
  5.「ペブマーシュ殺し」(The murder in Miss Pebmarsh)
  6.「リッスン・グローヴの謎」(The Lisson Grove Mystery)
  7.「トレマーン事件」(The Tremarn Case)
  8.「商船<アルテミス>号の危難」(The Fate of the "Artemis")
  9.「コリーニ伯爵の失踪」(The Disappearance of Count Collini)
 10.「エアシャムの惨劇」(The Aysham mystery)
 11.「<バーンズデール荘園>の悲劇」(The Tragedy of Barnsdale Manor)
 12.「リージェント・パークの殺人」(The Regent's Park Murder)
 13.「隅の老人最後の事件」(the Mysterious Death in Percy Street)
*2〜11までが第一短編集「The Case of Miss Elliott」からのもの。1、および12・13のみが第二短編集「The Old Man in the Corner」からの収録である。隅の老人が初登場の「フェンチャーチ街の謎」は、<ロイヤル・マガジン>発表は1901年で、それに始まる第一シリーズよりも、何故か「ミス・エリオット事件」に代表される第二シリーズの方が第一短編集として、先に単行本化されている(・・・ややこしい・・・)。

〇「隅の老人」(山田辰夫・山本俊子訳)早川書房刊・1976年初版
 収録作品(括弧内は原題)
  1.「フェンチャーチ街の謎」(創元社版に同じ)
  2.「ヨーク事件」(The York Mystery)
  3.「リヴァプールの謎」(The Liverpool Mystery)
  4.「エジンバラ事件」(The Edinburgh Mystery)
  5.「地下鉄の殺人」(創元社版「地下鉄の怪事件」と同じ)
  6.「リッスン・グローブの謎」(創元社版「リッスン・グローヴの謎」と同じ)
  7.「ダートムアの悲劇」(創元社版「ダートムア・テラスの悲劇」と同じ)
  8.「ブライトン暴行事件」(The Unparalleled Octrage)
  9.「リージェント・パークの殺人」(創元社版に同じ)
10.「パーシー街の怪死」(創元社版「隅の老人最後の事件」と同じ)

 こうして二つの収録作品を比較すると、結構片方でしか読めない作品もあるようだ。可能な範囲で味わい尽くしたいなら、やはり両方揃えるべきか?。こちらは、6・7の作品以外は第二短編集をテキストとしている。

 ところで、代表作と見なされることの多い「ダブリン事件」であるが、創元・ハヤカワ双方とも、別のアンソロジーに収めている(うう、けちんぼ・・・)。 

・「世界短編傑作集1」江戸川乱歩編 東京創元社刊・1960年初版 
 「ダブリン事件」は宇野利泰氏訳
・「名探偵登場1」早川書房編集部編 早川書房刊
 「ダブリン事件」訳者は上記に同じ。

参考文献:早川書房編集部編「ミステリ・ハンドブック」「ハヤカワ・ミステリ総解説目録」
*創元・ハヤカワ各文庫の解説も参考にさせていただきました。


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