ヒッチVSリメイク作品・第一試合

「サイコ」VS「サイコ」


・リメイク版「サイコ」・作品データ
1998年 アメリカ
監督:ガス・ヴァン・サント
出演
ノーマン・ベイツ:ヴィンス・ボーン
マリオン・クレイン:アン・ヘッシュ
ライラ・クレイン:ジュリアン・ムーア
サム・ルーミス:ヴィゴ・モーテンセン
ミルトン・アーボガスト:ウィリアム・H・メイシー

 ヒッチコックのオリジナルに極めて忠実に『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』のガス・ヴァン・サント監督がリメイクしたのがこの作品。冒頭のテーマ音楽のバック映像も同じ、音楽も原典のモノを使用、
脚本も、カット割り・画面構成など、舞台を現代に置き換えた点以外ほとんどそのまんま、というコピーぶり。撮影はウォン・カーワァイ作品の撮影で知られるクリストファー・ドイルが手がけている。また、ヴィンス・ボーン、アン・ヘッシュ、ジュリアン・ムーア(「ハンニバル」のクラリスだ!)など、演技派俳優の共演も話題になった。

 
・感想
 さて・・・実際に見比べてみますと、本当にビックリするくらいの忠実な原典再現ぶりでした。どうやらソレを「監督は何を考えてここまでコピーに徹したのか」「あまりにそっくりすぎてグロテスクですらある」と評するむきもあるようなんですが、なんとなく納得。ですが自分の方は、どうせコピーに徹するのなら、こんな不格好なやり方はしてほしくなかったなあ、というのが素直な感触でした。例えば、原典での名場面、二度にわたるベイツ夫人の犯行シーン。やっぱりこの部分くらいは巨匠に挑戦したくなったのか、微妙にアレンジを加えています。が、カラーになって、映像技術や特殊メイクも進歩して、ショッキングさを増すかと思いきや、いじり方が変に遠慮しているせいで、観ていて実に消化不良。原典って、なんか一部にスプラッタ・ムービーの原点みたいに思われてるフシがあるけど、実際にあの恐るべき殺戮シーンを冷静に分析してみると、「ナイフが振りおろされるカット」と「滑らかな肌の前をナイフの刃が通り過ぎるカット(突き刺さっている、ではないところがミソ)」、「マリオンの抵抗する表情」、「排水溝に流れ落ちる血」の巧みな組み合わせで構成しているだけで、 直接的にグロテスクだったりスプラッタだったりするカットというのは存在しないんですよね。それを、ほぼ忠実に再現しながら、何故か背中の突き刺された深い傷がはっきり見えるカットがある。今の時代を反映させてスプラッタに走るか、原点に帰って上品な控えめ描写に徹するか、どっちかにすべきだったと思うのは私だけだろうか?
 このことだけではなく全体的に、モノクロで闇をくっきりと描き出すことにより観客にカラーよりもなお色彩を感じさせた原典の「光と影のマジック」には、抵抗すべくもなかった、という感じは否めません。
 役者さんの方ですが、マリオン役のアン・ヘッシュは、ジャネット・リーより個人的には好みかも(笑)。 だけれども、お金に困っている彼氏のために会社のお金を横領するような、殊勝に昔風なキャラにはどう考えても見えないんですよねえ(^^;)今風に洗練されすぎていて。どっちかというともっとスマートな詐欺とかでお金せしめてそうなイメージ。というか、この映画のベースとなる設定そのものが、やはり現代に持ってくるには相当に無理なんだろうと思います。だいたい、初対面のモーテルの主人といきなり夕食をともにする、なんてのも文字通りのサイコさんが氾濫しているアメリカでは「殺してくれ」つってるようなもんです(^^;)。サイコさんついでに、ノーマン役のヴィンス・ボーンについても。やっぱり、大家アントニー・パーキンスには、適いませんっていうか、演技そのものはそれほど下手くそではないものの、この映画の他の部分同様、半端です(笑)。この点はラストの、ノーマンが母と化して手に止まった蝿を見ながら呟くシーンを比較してみるとよくわかります。ノーマンの瞳の奥からのぞく果てしなく暗い深淵、パーキンスの瞳にはあったこれが、ボーンにはないのであ る。
 以上のことから、今回のリメイク、私には不細工なコピー、としか受け止められませんでした。ただ――感じ入るところがあるとすれば、この執拗なまでの模倣ぶりからびしびしと伝わる、ヒッチへの傾倒ぶり、愛情、でしょうか。本当に心酔していなけりゃ、ここまで忠実に再現しようなんて気にはなりません。その愛着の深さゆえに、鬼子と化してしまったような気もしないでもないですが。


トップに戻る