「完全無欠の名探偵」(西澤保彦)
・作品紹介
東京の名家・白鹿毛源衛門は、四国の片田舎・高知県は安芸市に就職すると言い出した孫娘のりんが心配でたまらない。そこで、彼女の真意を探るため、不思議な能力を持つ青年・山吹みはるを一緒に高知に送り込むことにした。みはるは、ただ誰かと一緒にいるだけで、その相手の潜在意識に眠る謎を相手自身に推理展開させ、自然に真相まで導き出させてしまうという、推理の「触媒」となる体質だったのだ。りんとみはるの周囲には、浮気、脅迫、殺人と、様々な真相が明らかにされてゆく。りんは、その数々の真相の中に隠された、大がかりな真相の連鎖を見事に見抜くのだった!
作中でりんがみはるの存在について考えるシーンでも触れているが、みはるは根掘り葉掘り相手に質問を浴びせるわけでもない、よって人に不愉快な思いをさせることもないし無論プライヴァシーも侵害しない。本人は何もせずに、事件を解決に導くことが出来る、「完全無欠の名探偵」なのである。この作品を「安楽椅子探偵」として紹介するのに、抵抗を覚える方もいらっしゃるかもしれないが、実際、捜査というものを一切せず、相手と一緒に普通に会話しているだけ、というところなどを考えると、立派な安楽椅子探偵の要件を満たしていると言えるだろう。また、みはるの能力に導かれて次から次へと推論を重ねていく相手の推理のプロセスも、極めて安楽椅子探偵的(実際は、その謎の発生した場所と時間に推理する本人が立ち会っているので、そういう意味では安楽椅子推理ではない)な雰囲気を持っている。この作品はバラバラ殺人事件ばかりで構成されたデビュー連作短編集「解体諸因」に続く西澤氏の二作目として発表されたが、「解体諸因」で見せた鮮やかな構成力がここでも光っており、全く関係ないかと思われた全ての謎が綺麗に収束する様は見事。また反対に、みはるが出会う人
々のそれぞれの謎と推理も、分割すれば一つ一つ独立した短編並みのクオリティを持っている。誰も思いつかないような奇抜な設定を用いたロジカルな本格(「SF新本格」と称されることもある)を得意とする西澤氏の、思えばこれが現在の作風の基本でもあるようだ
・作者について
西澤保彦(にしざわ・やすひこ)・・・1960年(昭和35年)高知県生まれ米エカード大学創作法専修卒。第1回鮎川哲也賞で「聯殺」が最終候補作になったのをきっかけに、1995年「解体諸因」でデビュー。その後も精力的な執筆を続け、SF的な舞台設定を用いた本格パズラー、いわゆる「SF新本格」といわれる作品群や、人気キャラクター・匠千暁(通称タック)とその仲間たち(ボアン先輩、タカチ、ウサコ)を中心に据えたシリーズ、などを驚異的なペースで出版し続けている。
・作品データ
作品は講談社ノベルズから1995年6月発売。1998年5月には文庫化もされた。