「ドン・イシドロ・パロディ六つの難事件」
(ホルヘ・ルイス・ボルヘス&アドルフォ・ビオイ=カサーレス)
・作品紹介
身に覚えの無い肉屋殺しの罪で、21年の懲役刑を受け獄中生活をしているドン・イシドロ・パロディ氏。頭脳明晰な彼は、面会者として彼に相談しに現れた人物から話を聞くだけで、見事に事件の謎を解決してしまうのだった。
新聞記者のモリナリが友人から勧められて参加した、イスラム教ドゥルーズ派の加入儀式――黄道十二宮を暗記し、目隠しをして長い竿を持って人を探すという奇妙な儀礼。彼がその試練を終えて目隠しを取ると、そこには彼を誘った友人をはじめ儀式に関わった人間達が死んでおり、彼の持つ竿は血で汚れていた。モリナリの儀式の失敗が、彼らの死を招いたのか?――手品でよく使われるトリックを応用した奇怪な解決の、「世界を支える十二宮」。
妻を早くに亡くした勲章受勲者サンジャコモが過剰なまでに大事に育てた、一人息子のリカルド。彼が婚約した女性<プミータ>は、両家数人が集まって楽しいひとときを過した翌日、毒殺されてしまう。事件の真相を通じて浮かび上がる、サンジャコモの秘められた企みとは?複雑な人間関係の謎を見事解きほぐす「サンジャコモの計画」。
などなど、パロディ氏がレクター博士よろしく(といっても、書かれた時代から考えるとパロディ氏の方がはるかに先駆者なわけだが)獄中で鮮やかな推理を繰り広げる計6編を収録した短編集。
「クイーンの定員」にも選ばれた、この究極の安楽椅子探偵小説は、アルゼンチンの文豪ボルヘスとビオイ=カサーレスがH・ブストス・ドメックという名前で合作したもの。スペイン語で書かれた最初の探偵小説とも言われている。ボルヘスが「ブラウン神父」シリーズの作者チェスタトンに傾倒していたことから、パロディ氏の外見や事件やその解決のパターンなど、全体的な雰囲気がとても似通っている。また、「ゴリアドキンの夜」には「ブラウン神父」という名前のキャラクターも登場しており、ボルヘスのチェスタトンへの尊敬ぶりがうかがえる。だからなのかどうか、文章が大変難解で読み辛いところまでチェスタトンに似ている、と感じたのは私だけだろうか(^^;)
・作者について
ホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges)・・・1899年、ブエノスアイレス生まれ。アルゼンチンの小説家・詩人・評論家。前衛的な詩や物語で、世界的に名を知られる。裕福な家庭に生まれ、ジュネーブで教育をうける。そして1919年から3年間スペインでくらし、表現主義やウルトライスモ(超絶主義)の影響をうけた。1921年帰国。「プロア」、「マルティン・フィエロ」などの文学・哲学誌の創刊に協力し、「ブエノス・アイレスの熱狂」(1923)、「正面の月」(1925)のような、ブエノス・アイレスへの賛
歌をテーマにした抒情詩を発表する。1930年代、敗血症により健康をそこない、徐々に視力を失いはじめたが、1938年から47年まで国立図書館に勤め、55年には館長に就任。同年、ブエノス・アイ
レス大学で英文学も講じた。そして館長就任期間中に、詩人から短編作家へと転身を果たした。
代表的な作品には、「伝奇集」「不死の人」などがある。作風は幻想的かつこのうえなく主観的で、しかも非常に形而上的な世界観が特徴で、作品は難解である。だが、外国の作家や学者たちの評価は高く、作品は20カ国語以上に翻訳され、世界各国の重要な賞を多く獲得している。1980年には、セルバンテス賞も受賞。1986年6月14日、ジュネーブにて逝去。
アドルフォ・ビオイ=カサーレス(Adolfo Bioy Casares)・・・1914年生まれ。アルゼンチンの小説家で、SF的幻想小説を得意とする。その精巧に織り上げられた文体は高く評価され、代表作の一つ「モレルの発明」(1940年)はボルヘスから「完璧な小説」と讃えられるほどであり、現代ラテンアメリカ文学の傑作の一つとされる。その他、「空色のプロット」「ヒーローたちの夢」など。ボルヘスとの共作も多く、この「ドン・イシドロ・パロディ六つの難事件」の他、「ブストス・ドメックのクロニクル」「天国・地獄百科など。1990年、セルバンテス賞受賞。1999年没。
・作品リスト
本国での出版は1942年、単行本本体の原題は「Seis Problemas para Don
Isidro Parodi」。
収録作品は下記のとおり(括弧内は原題)。
1.「世界を支える十二宮」(−Palabra Liminar−Las doce figuras del
mundo−)
2.「ゴリアドキンの夜」(Las noches de Goliadkin)
3.「雄牛の王」(El dios de los toros)
4.「サンジャコモの計画」(Las previsiones de Sangiacomo)
5.「タデオ・リマルドの犠牲」(La victima de Tadeo Limardo)
6.「タイ・アンの長期にわたる探索」(La prolongada busca de Tai An)
邦訳は2000年9月に岩波書店から発売。訳者は木村栄一氏。
個人的に一番感心したのは、幻想味あふれる背景の中で鮮やかなトリックが着地を決める「世界を支える十二宮」、そしてあまりに異様な動機がある意味バカミスな(笑)「サンジャコモの計画」。伏線の巧みさ、という部分では「ゴリアドキンの夜」も楽しめたが、ちょっと真相が大時代でいまいち乗れず(^^;)