「泡姫シルビアの華麗な推理」(都筑道夫)
・作品紹介
吉原のソープランド「仮面舞踏会」で働くシルビア。この店でベテランの彼女の特技は、客や仕事仲間がが持ち込んできた不可解な事件を、話を聞くだけで見事に解決してしまうこと。密室、ダイイング・メッセージ、宝探し――シルビアは今日も、アームチェア・ディティクティヴならぬベッド・ディティクティヴで謎を解く。
「退職刑事」という日本の安楽椅子探偵の代表格を創造した都筑道夫だが、もう一人、世界初とも思える奇抜な設定の安楽椅子探偵を生み出した。それがこの、「泡姫シルビア」シリーズである。「安楽椅子」探偵、といいつつ、ジャンル全体を見渡してみると、相手の話を聞く形式としてはかなり種々様々なバリエーションがあるが、この作品ではソープランド嬢がベッドの上で推理を繰り広げるのである。といっても、実際に作品の中では、公休日にこたつの中で同僚の話を聞いたり、必ずしも「ベッド・ディティクティヴ」とは限らないが、相手の話をもとに推理を展開する、という部分については基本的に同じである(時と場合により、死体や関係者に会っている事件もごく稀にあるが)。
その奇抜な設定と謎解きだけでも、このシリーズは十分面白いのだが、もう一つの魅力には、昭和50〜60年代の浅草の風俗が詳しく描写され、シリーズそのものが時期的に、ソープランドの名称をめぐる一悶着を挟んでいることから、その時代の風俗営業の実態が詳しくわかることであろう。また、シルビアの魅力も、推理力だけではない。相談ごとを持ちかけてくる客や同僚に対する温かい眼差し、相手が誰であろうと頼られると無視できない優しさ、そして、時折漏れてくる、ソープ嬢としての悲しい、あるいは悔しい本音。かなりリアリティがある。
その彼女と、キャロル、マノン、アリスなどの同僚、安斎などの常連客とのやりとりが、更に楽しくシリーズを彩ってくれている。
・作者について
都筑道夫(つづき・みちお)・・・1929年(昭和4年)、東京生まれ。本名松岡巌。
1947年(昭和22年)雑誌「スバル」の編集に従事するようになり、1949年(昭和24年)からは「魔海風雲録」などの時代小説を発表しはじめる。その後、1956年(昭和31年)早川書房に入社し、「エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン」の編集に携わり、翻訳や「女を逃がすな」を発表。トリッキーでユーモアあふれる作品を得意で、また数多くのシリーズ・キャラクター名探偵を創造した、キャラクター・メーカーでもある。多くの著作を持ち、そのどれもが出色の出来なので、どれを代表作とするかは俄かに決めがたいが、「猫の舌に釘を打て」「なめくじに聞いてみろ」「なめくじ長屋捕物さわぎ」「キリオン・スレイの生活と推理」、などが特に名が高い。また、彼が創造した探偵役は数多いが、特に「退職刑事」は国内の安楽椅子探偵の代表格といえるだろう。
他に彼が創造した探偵には、キリオン・スレイ、砂絵のセンセー、雪崩連太郎、そして今回紹介した「泡姫シルビア」がいる。
・収録作品
泡姫シルビアのシリーズは、2冊の単行本にまとめられている。「泡姫シルビアの華麗な推理」(当初「トルコ嬢シルビアの華麗な推理」として1984年新潮社刊行。作品解説でも述べた名称を巡る騒動?の後、1986年に「泡姫〜」に変更して文庫化)と、「泡姫シルビアの探偵あそび」(1986年、新潮社。ハードカバー)である。が、二冊目の「〜探偵あそび」は長らく文庫化されなかった。だが有り難いことに、1998年に光文社文庫から「ベッド・ディテクティヴ」と改題して発売された。
「〜華麗な推理」の収録作品は、
・「仮面をぬぐシルビア」
・「密室をひらくシルビア」
・「除夜の鐘をきくシルビア」
・「宝探しをするシルビア」
・「小説を書くシルビア」
・「客をなくすシルビア」
・「立ち聞きするシルビア」
の7編。
「ベッド・ディテクティヴ」に収録されているのは、
・「ふたりいたシルビア」
・「服をぬがないシルビア」
・「涙ぐむシルビア」
・「怒るシルビア」
・「化けてでるシルビア」
・「殴られるシルビア」
・「のぞき見するシルビア」
以上、同じく7編。
「華麗な推理」の方は密室、ダイイングメッセージ、宝探し、暗号(?)など、オーソドックスな本格推理のテーマを扱ったものが多い。余談だが、「小説を書くシルビア」は、限られた情報しか書かれてない新聞記事から、どんな事件が起こったのかを推理(創作?)するという、「九マイルは遠すぎる」を彷彿とさせる作品である。
反対に、「ベッド・ディテクティヴ(探偵あそび)」の方は動機やシチュエイションの意外さ(幽霊騒動や偽物騒動など)・奇抜さに重点がおかれたバラエティにとんだ展開になっているのが特徴といえるだろう。そしてまた、マノンやキャロル、安斎など、「華麗な推理」で登場したキャラクターの何人かがレギュラーとして協力することになり、作品によってはチームプレイの美学(もしくは女の友情)のようなものを感じさせてもくれる。