「アラビアンナイトの殺人」(ディクスン・カー)
・作品紹介
風変わりな大富豪ジェフリー・ウェイドが経営する、オリエンタル趣味あふれるロンドンのウェイド博物館。そこを巡回で通りかかったホスキンズ巡査部長は、奇妙な出来事に遭遇する。建物の塀の上から、フロックコートにシルクハットを身につけ、白い頬ひげを伸ばした男が、突然「きさま、あの男を殺したな!わるいやつだ!このペテン師め!わしは、きさまが馬車のなかにいるのをちゃんと見てしまったんだぞ」と言い、彼に襲いかかってきたのだ。そして格闘の後、まるで煙のように姿を消してしまったのである。この珍事の相談を受けたのはカラザーズ警部。すったもんだの後に、博物館に展示された旅行用馬車の中で、怪人物の言葉どおり男の死体が発見される。折しも博物館に集まっていた怪しくも滑稽な一癖も二癖もある人々。カラザーズの手に余るこの怪事件は、やがてロンドン警視庁副総監アームストロング、そして同じくロンドン警視庁のハドリー警視がそれぞれの経路から関わることとなり、彼らの活躍で一筋の光明を見いだせたかと思いきや、最後の最後で再び大きな壁にぶち当たる。
そこで、彼らは名探偵フェル博士に、三人三様の目から見た事件のあらましを語り聞かせ、事件の最終的解決を依頼する。アラビアンナイトを思わせる事柄が異様に絡み合う奇妙な事件に、フェル博士はどんな解決を与えるのか?
密室・不可能犯罪、そして奇妙な事件ユニークな事件を創造する名人ディクスン・カーの代表作の一つ。この作品は、彼が安楽椅子探偵テーマの作品に取り組んだ異色作で、いつものようなアクロバティックなトリックはないものの、いつもの怪奇趣味(今回はアラビア風味?)と登場人物のユニークさ、そして綿密な伏線、そして抜群のストーリーテリングは健在である。これを傑作として推すかどうかは評価が分かれているようだが、カー節を存分に味わえ、なおかつ安楽椅子探偵の妙味をも味わえる、お得な作品といえるだろう。
・作者について
ディクスン・カー(John Dickson Carr)・・・1905年ペンシルヴァニア州生まれ。1930年に処女長編「夜歩く」でデビュー。怪奇趣味・不可能犯罪・密室などを主に扱った作品が多いことから、密室トリックの巨匠として名前を挙げられることが多いが、巧みなストーリーテリング、生き生きした人物造形、ユニークな雰囲気もまた、彼の作品群の大きな魅力である。その著作は数多く、作品も不可能犯罪ものの他、「ビロードの悪魔」などの歴史ミステリ、書評などの執筆も手がけた。アメリカの生んだ最大のミステリ作家の一人とも言われており、カーター・ディクスンの別名義でもまた、沢山の作品を遺している。彼の創造した代表的な名探偵には、悪魔のように優雅なパリの予審判事アンリ・バンコラン、チェスタトンがモデルといわれる巨漢フェル博士、同じく巨漢だがより豪放磊落でドタバタ喜劇が得意な(笑)ヘンリー・メリヴェール卿などがいる。
・作品データ
原題「The Arabian Night Murders」1936年
とりあえず現在入手可能なのは、以下の2種類。
・ハヤカワミステリ版:「アラビアンナイト殺人事件」森郁夫訳
・創元推理文庫版:「アラビアンナイトの殺人」宇野利泰訳
参考文献:早川書房編集部「ハヤカワミステリ総解説目録」「ミステリ・ハンドブック」 森英俊・山口雅也編「名探偵の世紀」(原書房) ちなみに今回テキストに用いたのは、創元推理文庫版でした。