「九マイルは遠すぎる」(ハリイ・ケメルマン)
・作品紹介
郡検事の「わたし」とその友人ニッキイ・ウェルト教授は、町を歩きながら一つの試みに興じることになる。言葉の限られたごく短い文章から、思いもかけない論理的な推論を導き出すことができるか?ニッキイが提示したこの挑発に乗った「わたし」は、「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない。ましてや雨の中となるとなおさらだ」という文章を思いつき、彼に投げかけるが、彼はそこから推論に推論を重ね、未だ発覚すらしていない起こったばかりの殺人事件を見破るのだった!英文でたった11語のこの文章から、まるで魔法のように導かれる推理は、まさに安楽椅子探偵の究極の形をしめしているともいえる。この表題作「九マイルは遠すぎる」をはじめとする8編の短編は、小鬼のような容貌のニッキイが、限られた情報の中から意外な真相を看破する。どの話も登場人物の会話のみで事件の内容が語られ、ニッキイはその又聞きの情報のみで推理を行っている。
ちなみにこの「九マイルは遠すぎる」という最初の一言だが、ケメルマンがまだ教職にあったころ、英作文の授業で用いたものだそうだ。ケメルマンはニッキイよろしく、この文から可能な推論を引き出すことを生徒に課題として出したが、ろくに答えられる生徒がおらず、授業はうまくいかなかったらしい。が、ケメルマン本人は推論に推論を重ねるうち、すっかりこの試みのとりこになってしまったのだという。「九マイルは遠すぎる」が<エラリイ・クイーン・ミステリ・マガジン>に掲載されたのは、その14年後。彼は14年間、この試みを温め続け、その成果がこの奇跡のような一編として結晶したのであった。
・作者について
ハリイ・ケメルマン(Harry Kemelman)・・・1908年ボストン生まれ。1947年のEQMM短編ミステリ・コンテストで「九マイルは遠すぎる」が絶賛され、注目される。その後、彼の代表作となるシリーズ、ラビ・スモールのシリーズ第1作「金曜日ラビは寝坊した」を64年に発表。同じ作品でMWA賞を受賞した。1996年永眠。
・収録作品
このニッキイ・ウェルトのシリーズは、最初の「九マイルは遠すぎる」から最後の作品「梯子の上の男」までの計8編が一冊の単行本にまとまるまでは、20年という月日が経っている。ラビ・シリーズにしても2、3年に一冊のペースで発表されていたようだし、ケメルマン自身がマイペースで作品を書いてゆくタイプの作家のようである。括弧内は原題。
・九マイルは遠すぎる(The Nine Mile Walk)
・わらの男(The Straw Man)
・10時の学者(The O'clock Scholer)
・エンド・プレイ(End Pray)
・時計を二つ持つ男(Time and Tim Again)
・おしゃべり湯沸かし(The Whistling Ter Kettle)
・ありふれた事件(The Bread and Butter Case)
・梯子の上の男(The on the Ladder)
ちなみに、単行本の原題も、同じ「The Nine Mile Walk」です(発表は1976年)(^^;)(あたりまえか)すぐに手に取って読めるのはやはりハヤカワ文庫。1976年初版、永井淳・深町真理子訳です。解説を「グリーン車の子供」の戸板康二氏。先に同じくハヤカワのポケミスで1971年に刊行されてますが、そっちは多分入手困難では?ひょっとして復刊されているかな?