「13の秘密」(ジョルジュ・シムノン)


・作品紹介
  花の都パリでホテル暮らしをするジョゼフ・ルボルニュ青年。彼の友人である「ぼく」は、度々彼の部屋を訪れる。探偵趣味の彼から毎度聞かされるのは、彼が新聞で見つけた興味深い犯罪事件の記事。彼は記事に記された手がかりを元に推論を組み立て、謎に包まれた事件を見事解決する――
 財界の有名人ルフランソワ氏が射殺された事件を、正確に事件の流れを把握し組み立て直すことによって見事犯人を指摘する「ルフランソワ事件」、全く外傷もなく毒も盛られていないのに死んでしまった男の死の理由「奇怪な死体」、施錠された抽斗から盗まれた大金の謎「B・・・中学の盗難事件」など、13の謎をルボルニュ青年が解き明かす。
 メグレ警部シリーズであまりにも有名なフランス文学の巨匠・ジョルジュ・シムノンによる、典型的安楽椅子探偵短編群である。その作品の性格上、メグレ警部ものの特徴である巧みな情景や人物の描写はみられないものの、ルボルニュによって暴かれる真犯人の動機や意外な真相には、その心理分析的手法は遺憾なく用いられている。が、やはり話が短いのと、書かれた年代が古いために、いささか説得力不足な面もあるのは否めないかも。だが、ホテルの一室から一歩も出ず、新聞記事とどうしても必要な部分の問い合わせだけで事件を解決するルボルニュは、真の意味での安楽椅子探偵の一人であると言えるだろう。また、事件の関係者の描写が新聞記事と伝聞情報のみである分、ルボルニュ自身の人物像には深みが加えられており、十三番目の短編「金の煙草入れ」では、彼がなぜ犯罪に興味を抱くようになったか、という理由が語られている。 

・作者について
 ジョルジュ・シムノン(Georges Simenon)・・・1903年、ベルギーのリエージュ生まれ。ベルギー国籍のフランス作家。大衆小説、純文学と多彩な活躍を見せ、その著作は半世紀近くもの間ベストセラーとなり続けた。アンドレ・ジイドをして「現代フランスにおける最も偉大で、真に小説家らしい小説家」と言わしめた、フランス文壇の代表的存在。16歳のとき「ガゼット・ド・リエージュ」紙の通信記者となり、17歳で処女作であるユーモア小説「箱船の上に」を発表した。その後、20歳で結婚し、その後の10年間にジョルジュ・シム、クリスチャン・ブリュル、ジョルジュ・マルタン-ジョルジュ、ジャン・デュ・ペリ、アラミスなど18種類のペンネームで約200冊もの通俗長編小説を執筆した。1931年に最初の推理小説「死んだギャレ氏」を出版(同年、メグレ警部シリースの第一作「怪盗ルトン」も刊行されている)。それ以来猛烈なペースでミステリを書き続けるが、そのうちのかなりの割合が彼の創造した代表的・人気キャラクター・メグレ警部のシリーズで、1972年の「メグレ最後の事件」までに長編77、中編35作品が発表された。その作風は謎解き中 心の本格推理というより、語り口、性格描写、豊かな地方色などに特色がある犯罪心理小説である。1945年、アメリカに移住。1952年にはベルギーのアカデミー会員に選ばれ、1966年にはアメリカ探偵作家クラブ巨匠賞を受賞するなど、数々の栄誉を得る。
 ちなみに日本では1935年ごろから作品の多くが紹介されるようになり、欧米に先駆けてシムノン・ブームが巻き起った。木々高太郎の招きで来日が予定されていたが、実現しなかった。1989年没。

・作品リスト
「13の秘密」の現代は「Les 13mysteres」。創元推理文庫で読むことが出来るが、各短編の原題は記されていない。最近創元推理文庫で「アームチェア・ディティクティヴ」シリーズとしていくつかの安楽椅子探偵作品が出版され、過去の作品のうちこのカテゴリに入るものも一緒のレーベルとして紹介されているが、この作品も文庫で1963年初版であるが、しっかりこのレーベルの作品リストに加えられている。
 ちなみに創元推理文庫版はメグレものの中編「第1号水門」と併録され、「13の秘密 第1号水門」として出版されている。
 収録されている13の短編のタイトル(ただし、邦題)は以下の通り。
・「ルフランソワ事件」
・「S・S・Sの金庫」
・「書類第十六号」
・「奇怪な死体」
・「B・・・中学の盗難事件」
・「偽名のポポール」
・「クロワ・ルウスの一軒家」
・「『ロレーヌ号』の煙突」
・「三枚のレンブラント」
・「14号水門」
・「二人の技師」
・「アストリヤホテルの爆弾」
・「金の煙草入れ」 
 出版年は1932年。
 どれもとても短く、文章も話の流れもシンプルなので、推理クイズ感覚で読むことができる。が、やはりシムノン本人が本格ミステリ畑の人でないからか、多少強引だったり不自然だったりもする(^^;)が、手がかりさえ読み落とさなければきっちり解ける「ルフランソワ事件」のようなものもある。「金の煙草入れ」は、ルボルニュの意外な過去と彼自身の事件が描かれ、全体の締めくくりに相応しい位置にある。


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